中山忠光」タグアーカイブ

下関市細江町 光明寺

光明寺は延徳年間(1489-1492)に、
真宗本願寺派8世蓮如上人の弟子釈正善が、
西市に御堂を建立した事に始まるとされ、
その後は内日幡生へと移転して、
享保17年(1732)に現在地に移転したという。


光明寺」。
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下関市豊北町田耕 四恩寺跡

長州に逃れた中山忠光は潜伏先を転々とし、
田耕大田新右衛門宅に2ヶ月弱程潜伏し、
その後は更に奥地の四恩寺に向かいます。

これは僕なりの推測なのですが、
脱走を繰り返して辺りを歩き回る忠光に、
幕吏の追求を恐れた長府藩俗論派は、
四恩寺に座敷牢続きを読む

下関市豊浦町湯玉 庄屋石川邸跡

湯玉浦北浦にある漁村のひとつですが、
鯖釣山が浦を守るように聳えていた為、
良港として漁民のみでなく北前船も寄港し、
旅館なども設置されて栄えていました。
吉田松陰の「廻浦紀略」では、
150戸で近頃2百余戸になったと書かれ、
繁栄の様子が感じられます。


湯玉港」。
現在も小型の漁船が停泊する港町で、… 続きを読む

中山忠光の逃避行④

つづき。
///④/

中山忠光川棚に潜伏した後、
8月下旬頃に室津観音院に移りました。
ですが正確な日付は不明で、
ただ潜伏したという記録が残っているのみです。


川棚から室津(観音院)への行程。… 続きを読む