八戸藩」タグアーカイブ

青森県上北郡野辺地町 野辺地戦争関連史跡

盛岡藩領内に侵攻した弘前藩黒石藩兵は、
馬門村に進入すると次々に放火を開始。
民家64戸と遍照寺が焼失してしまいます。
この馬門にあった番所も焼失し、
虚を突かれた役人及び守備兵は、野辺地へ逃走しました。


馬門御番所跡」。… 続きを読む

青森県上北郡野辺地町 藩境塚

南部家鎌倉時代から続く名門で、戦国時代の最盛期には、
現在の岩手県中部・北部と青森県全域を掌握していました。

しかしその一族である大浦為信は、反旗を翻して独立を図り、
中央の豊臣政権に対する工作が功を奏し、
津軽氏を名乗って独立大名として認められています。
関ヶ原の戦い後は、双方とも所領を安堵され、
盛岡藩弘前藩として江戸時代を通じて存在するわけですが、
そういう経緯もあって両藩は… 続きを読む

青森県八戸市 南宗寺墓地(八戸南部家墓所)

盛岡藩3代藩主南部重直が継子なく死去した為、
幕府はその所領10万石を2万石減封し、
重直の弟七戸重信に盛岡藩主を継がせ、
厳封した2万石を同じく弟の中里直好に与えます。
これが八戸藩南部家のはじまり。

盛岡藩は重直に実子が居なかった事により、
家中は後継者争いで割れて混乱していたらしい。
この状況を憂いた重直は嫡子を自ら選定せず、
4代将軍徳川家綱に後継者の選定を頼んでいたようです。
基本的には世嗣断絶続きを読む

青森県八戸市 八戸城跡

青森県は本州の最北端です。
そして僕の住む山口県下関市は本州の最西端
仕事でですが端から端へやってきました青森県!
やっぱり寒いですねぇ。

今回は八戸藩の藩庁であった八戸城を訪問しました。
八戸藩は八戸南部家の治める2万石の外様藩で、
盛岡藩の支藩と思われがちですが独立した藩です。… 続きを読む