大給松平家」タグアーカイブ

大分県大分市 浄安寺(府内藩大給松平家墓所)

府内藩藩主家の親清流大給松平家は、
大給松平家祖松平乗元の次男松平親清の系譜で、
親清の子松平近正徳川家康の関東移封の際、
5500石を与えられて独立した家でした。
近正は伏見城の戦い鳥居元忠らと共に討死しますが、… 続きを読む

愛知県西尾市 盛巌寺(松平乗全墓所)

幕末の西尾藩藩主松平乗全の墓所は、
西尾市の盛巌寺にあります。
譜代藩主の墓所が所領にあるのは、
比較的珍しいケースです。


盛巌寺」。
創建は天正18年。大給松平宗家6代の松平家乗が、
祖父で4代当主の松平親乗と、
父で5代当主の松平真乗の菩提を弔う為、… 続きを読む

愛知県西尾市 西尾城跡

西尾城西尾藩の藩庁。
その創建時期は明らかではありませんが、
松平(徳川)家家臣酒井正親が、
西尾城主であった事までは確認されており、
正親の子酒井重忠の代まで城主であったようです。

その後、徳川家康の関東移封に伴い、
豊臣秀次の宿老田中吉政に与えられました。
関ヶ原の戦い続きを読む

大分県大分市 府内城跡

府内豊後国国府があった場所で、
かつては大友氏の本拠地でした。
大友吉統豊臣秀吉に改易された後、
府内は福原長堯に与えられています。

秀吉の死後、遺臣の対立により石田三成が失脚すると、
光成派の長堯は府内を没収され、早川長政が府内に入封。
しかし早川は、関が原の戦い続きを読む