長岡藩」タグアーカイブ

新潟県長岡市 伊東道右衛門の碑

長岡藩の槍術の達人伊東道右衛門は、
62歳の老体ながら槍を持って北越戦争に参戦。
祖先伝来の甲冑をまとって長槍を構え、
華麗な槍さばきで薩摩藩兵3名を仕留めたという。
※2名の説も。
その伊東老人が戦死した場所に碑が建っています。

伊東道右衛門戦死の地」。
城岡3丁目の川の畔に碑が建てられています。
河川改修工事で川筋が当時と変わっており、
実際の戦死場所ではないという指摘もありますが、… 続きを読む

新潟県長岡市 長興寺(山本帯刀家墓所)

山本帯刀家は長岡藩世襲家老5家のひとつで、
筆頭家老家稲垣平助家に次ぐ家格を誇り、
武田信玄の軍師山本勘助の弟山本帯刀左衛門が、
祖先であると伝えられています。

幕末の当主山本帯刀義路は、
門閥ながら… 続きを読む

新潟県長岡市 河井継之助邸跡

河井継之助の生んだ河井家は長岡藩に3家あり、
その出自には諸説ありますが、
牧野家の長岡藩転封後に仕官した新参家臣という。
3家は河井清左衛門を祖とする50石の本家と、
その弟忠右衛門を祖とする分家120石、
忠左衛門の次男代右衛門を祖とする分家120石で、
継之助の家は代右衛門を祖とする分家でした。
※分家2家の代々は諸役を務めて加増されています。


河井継之助記念館続きを読む

新潟県長岡市 長岡城跡

長岡藩は7万4000石の中藩でしたが、
北越戦争の主役として新政府軍を散々に苦しめ、
その名を轟かせています。

藩庁の長岡城は2度の陥落で建屋の殆どが焼失し、
僅かに残った建屋も売却されました。
跡地の本丸跡には長岡駅が建てられ、
曲輪や堀も全て埋め立てられて市街地に没し、
遺構は全く残っていません。


JR長岡駅続きを読む

新潟県新潟市 三根山陣屋跡

三根山藩長岡藩2代藩主牧野忠成の四男牧野定成が、
蒲原郡三根山の新田6千石を分知されて分家を興し、
寄合旗本となったことに始まります。

その後の文久2年。
三根山牧野家は高直しにより1万1千石となり、
諸藩に列して三根山藩が立藩しました。


三根山藩址公園」。
看板は「… 続きを読む