熊本県山鹿市 山鹿宿跡②

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つづき。

さくら湯」を過ぎて国道325号向いの公園へ。


あし湯」。
湯の端公園にある足湯。
豪華な造りの東屋が建てられており、
底に小石が敷かれてツボを刺激します。
湯は少しぬるめでした。


国道を過ぎると街道筋は坂道になります。
写真左の洋風の建物は山鹿灯籠民芸館で、
大正14年建築の「元安田銀行 山鹿支店」。
山鹿燈籠とは山鹿地区の伝統工芸品で、
和紙のみで作られる精巧な燈籠のこと。


山鹿灯籠師角田包教生家」。
日田屋角田家住宅のあった場所で、
山鹿灯籠職人角田包教の生家。
精工な灯籠で評判であったようで、
角田家には図面道具が保管されており、
国の伝統工芸品として指定される際、
それが大いに役立ったとのこと。


金剛乗寺石門」。
街道脇にある石造の門で、
文化元年(1804)に石工甚吉が建立。
眼鏡橋の建築技術が使われているようで、
寺の門としては非常に珍しいもの。
ちなみに山鹿温泉が干上がった際に、
金剛乗寺の和尚が祈祷で復活させています。

街道筋から外れて「八千代座」へ。

八千代座」。
明治43年に建設された現存する芝居小屋
山鹿の旦那衆が資金を集めて建設したもので、
設計者は廻船問屋で灯籠師の木村亀太郎
木村は鹿本鉄道山鹿駅本社山鹿小学校校舎
山鹿高等女学校校舎薬師堂を設計しており、
設計士として優れた才能を発揮した他、
山鹿灯籠の政策や絵画にも才能を魅せ、
更に興行もこなしていたという。
訪問時は何かイベントが開催されており、
内部は見学出来ませんでした。
国指定優勝文化財

街道筋へ戻る。

街道は緩やかに西へカーブします。


更に町屋が続きます。
左側は観光用の駐車場となっており、
無料で駐車することが出来ます。


「孝子孫次郎之碑」。
前半記事で記載した孫次郎の碑。
母を毎日背負ってやってきて、
母の好きなお湯に入浴させていましたが、
これを聞いた3代藩主細川綱利が褒章し、
鍛冶の総取締を命じられたという人物。
この裏手に山鹿官軍墓地があります。

山鹿宿の終わりはたぶんこの辺り。
街道は下り坂となっています。

■薩摩街道の宿場町

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