信達宿は紀州街道の宿場町。
紀州街道は古くは熊野街道とも呼ばれ、
平安後期から熊野詣で賑わっていました。
泉南市信達市場周辺。緑の線が街道筋で、
青くぼかした辺りが信達宿跡。
「信達宿跡」。
街道筋にはある程度の古い家屋が残っており、
宿場跡の雰囲気を残しています。
街道は信達宿を越えると和泉山脈に入り、
今までなだらかだった道が険しくなる為、
旅人達はそれ相応の準備をしていました。
また紀州側から下りてくる旅人も、
山道の疲れを癒したようですし、
往時は大変に賑やかだったと思われます。
「信達宿本陣跡 つのや角谷家」。
紀州藩の参勤交代では紀州街道が使用され、
藩主一行はここで一泊していたようです。
紀州公ゆかりの調度品や、
徳川吉宗の藩主時代の宿札、
貴重な古文書等が残っているようです。
「信達宿の常夜灯」。
文政13年(1830)に建立された常夜灯で、
左は「太神宮」右は「両皇大神宮」と刻まれており、
伊勢参宮の道中安全の為に建立されたようです。
「油新梶本家」。
旅籠経営及び油類販売をしていた梶本家。
先代当主が「野田藤」を大切に栽培し、
これが四方八方に枝を張るようになって、
やがて4万の花房を付けるようになります。
これが評判となって見に来る人々が増え、
毎年「ふじまつり」が開催されるとのこと。
「野田藤」。
季節ではないので花は咲いていません。
但し枝を見れば想像は容易く、
その満開の光景が目に浮かぶよう。
全ての枝が一本の幹から伸びており、
4万房の根源となっています。
■紀州街道の宿場町
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紀州街道の終点。
