諸藩最大の102万5000石を誇る加賀藩は、
加賀国、能登国、越中国の大半を領し、
伺候席も大廊下で準親藩… 続きを読む
石川県金沢市 金沢城①
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七尾軍艦所は加賀藩の海軍施設として、
根拠地及び艦船実習地として設置されています。
造船所、製鉄所、桟橋等の施設が造られ、
海軍に関する色々な物資(船具など)を生産し、
航海術などの訓練も行われた重要拠点でした。
加賀藩は謙信流軍学者岡田助右衛門の建白で、
海防の重要性は理解していましたが、
軍艦の製造や購入には膨大な費用か掛かる為、… 続きを読む
大聖寺藩前田家の菩提寺である実性院へ。
「実性院」。
大聖寺前田家の菩提寺で、
寺名の由来は初代前田利治の戒名
実性院殿機雲宗用大居士に因みます。
「前田家墓所」。
実性院の裏手にある大聖寺藩前田家の墓所。
大きな木々に囲まれた場所で、
初代から14代までの藩主と、
奥方や殉死した家臣の墓が並んでいます。… 続きを読む
大聖寺藩は加賀藩の支藩。
加賀藩2代藩主前田利常が家督を譲る際、
三男前田利治に7万石を与えて立藩。
同じく次男前田利次に10万石を与え、
富山藩も立藩しています。
大聖寺には大聖寺城があったのですが、
一国一城令により廃城にされており、… 続きを読む
加賀藩2代藩主前田利常は、
隠居城の名目で廃城された小松城を再建。
城が完成して利常が入城すると、
その家臣と家族2000人が小松に移り住み、
小松の人口が一挙に増えました。
「小松宿跡」。
古い家屋が良好に保存されています。
利常は城下と寺院、町人街も整備し、
絹織物などの産業を振興しています。
利常の死去後は家臣らは金沢に戻りますが、… 続きを読む
加賀藩の藩庁は金沢城ですが、
加賀藩はもう一つ城を持っていました。
一国一城とはいえ例外はあるもので、
他にも仙台藩の白石城、熊本藩の八代城、
徳島藩の洲本城、… 続きを読む