石川県金沢市 金沢城②

つづき。
/②/

石川門を潜り抜けて三ノ丸跡へ。

五十間長屋」。
広々とした三ノ丸跡に、巨大な雄姿を見せます。
あまり近づくと全体の写真が撮れません。
平成13年に完成した復元建築物で、
両脇に菱櫓橋爪門続櫓が付属します。
これを復元しようと考えたのはセンスが良い。


橋爪門」。
二ノ丸への正門で、平成27年に復元された門。
こちらも高麗門櫓門枡形虎口となっており、
二ノ丸御殿へ通じる為、最も格式が高い門だったという。


二ノ丸跡」。
藩主住居と政務が行われた二ノ丸御殿が建てられ、
加賀百万石の政治がここで執り行われました。
維新後は、攘夷派による家老暗殺事件も起きています。
(記事はこちら
御殿の復元計画もあるとのことですので、
是非とも復元して頂きたいですね。


極楽橋」。
二ノ丸と本丸附段を分ける空堀に掛けられた橋。
元々金沢城は、一向一揆の拠点尾山御坊だった場所を、
佐久間盛政が城として用いたのがはじまり。
橋名は尾山御坊からのものと伝わりますが、
確証は無いようです。


三十間長屋」。
極楽橋を渡った先に現れる巨大な二階建の長屋。
江戸中期に火災で焼失していましたが、
幕末の安政5年に再建されました。
100年近くの月日を経て再建されていますが、
藩主の住居は二ノ丸御殿ですので、
その後詰ということになります。
情勢を鑑みて有事が想定されたのでしょう。
現存遺構で重文となっています。


本丸跡」。
本丸はなんとになっています。
金沢城は寛永8年の大火で焼失していますが、
それ以前は天守本丸御殿がありました。
復興後は二ノ丸に御殿が建てられ、本丸は放棄されて、
放棄された本丸は自然に返り、雑木林となっています。


戌亥櫓跡」。
本丸の森に入って左に進んだ先が戌亥櫓跡
そこ自体は単に櫓台が残されているだけですが、
二ノ丸や五十間長屋が一望できます。


空堀のようですが、藩政時代からのものか、
明治以降の陸軍時代のものかわかりません。
最低でもトンネルは藩政時代ではありませんね。


本丸の森」。
手付かずの自然の森が、
城の中心に残されているのも不思議。


辰巳櫓跡」。
櫓跡とはいっても石垣も残っていません。
もうひとつ「丑寅櫓跡」もあったのですが、
同じような感じです。兼六園の眺めは良いかな?

天守ですか本丸の中央あたりにあったようですが、
石垣は取り除かれており、しかも森の中。
金沢城は精力的に再建されていますが、
本丸はそのままにして頂きたいですね。
生き物もたくさんいるらしいです。

つづく。
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