紀州藩」タグアーカイブ

和歌山県和歌山市 和歌山城(再訪)

和歌山城へは3年前に訪問。
その時は早朝で本丸は閉門してたので、
今回は時間もありましたので、
和歌山城に再訪して天守に登ってみます。


本丸跡」。
和歌山城本丸は連立式天守となっており、
その内側が天守曲輪となっています。
これより有料で大人410円。


二之御門と… 続きを読む

和歌山県海南市 長保寺/紀州徳川家墓所③

//③
つづき。

13代将軍徳川家定は病弱で実子も望めず、
次期将軍の継嗣確定が急務となり、
黒船来航の混乱に対処できる将軍として、
一橋家徳川慶喜を擁立する一橋派と、
紀州藩13代徳川慶福続きを読む

和歌山県海南市 長保寺/紀州徳川家墓所②

/②/
つづき。

紀州藩5代徳川吉宗が8代将軍となると、
支藩の西条藩より徳川宗直が迎えられ、
宗直が6代藩主となります。
※吉宗は将軍となったので当たり前ですが、
 5代吉宗の墓はありません。


六代徳川宗直の墓」。
初代… 続きを読む

和歌山県海南市 長保寺/紀州徳川家墓所①

①//

徳川将軍家は宗家の後嗣が絶えた時に備え、
尾張徳川家紀州徳川家を創始し、
後に水戸徳川家を加えて御三家とします。
宗家が絶えると後嗣を出す事となっており、
実際に7代徳川家継の早逝で宗家は断絶し、
紀州藩5代… 続きを読む

和歌山県和歌山市 雑賀崎台場跡

紀州藩は安政元年より台場整備を計画。
多くの台場の築造が計画されています。
雑賀崎台場跡はそのひとつだった場所で、
トンガの鼻という岬の先端にありました。


雑賀崎周辺(雑賀崎台場跡の場所)
北側が埋め立てられて岬には見えませんが、
地図をみると岬であった事が伺えます。
南側の岬は番所ノ鼻と呼ばれる岬。

台場跡へは北側の埠頭からは行けず、
県道15号線沿いの旅館廃墟の横より、
北側に歩いて行く事ができます。


「… 続きを読む

和歌山県和歌山市 紀三井寺

紀三井寺は奈良期の唐僧為光上人開基の寺。
為光は伝教の為に唐より到来し、
諸国を巡って仏法を広めていましたが、
行脚の途中でこの名草山の地に至ります。
そして山頂に霊光を感じて登山すると、
そこで千手観音を感得したという。
為光は自ら十一面観世音菩薩像を彫り、
一宇を建立して安置しました。
それが紀三井寺の起こりとされています。

以後は歴代天皇の御幸を得て、
後白河法皇続きを読む

愛媛県西条市 西条陣屋跡

西条藩一柳宗家が6万3000石で立藩。
初代一柳直盛は国入り前に病没してしまい、
この遺領を3人の息子が分割する事となり、
長男一柳直重が3万石で西条藩を継ぎ、
次男直家が2万8000石で川之江藩を立藩、
三男直頼が1万石で小松続きを読む