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つづき。
「玉堂泰安大居士」。
8代当主島津久倫の墓。
7代当主島津久方の嫡男に生まれ、
父の死去に伴い家督を相続。
5代藩主島津吉貴の弟島津久亮を養子とし、
この事から大身分… 続きを読む
鹿児島県薩摩郡 宮之城島津家墓所②
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宮之城郷は薩摩藩の外城のひとつで、
宮之城島津家が私領として支配し、
御仮屋を中心に麓が形成されていました。
宮之城の地名は文禄4(1595)に、
北郷忠能が入封された際、
旧領都城に因んて改称されたとのこと。
「宮之城御仮屋跡… 続きを読む
佐志交流館の脇より山手に行くと、
興全寺墓地があり、
佐志島津家の祖御下姫の墓があります。
「桂樹院殿虚窓従伯菴」。
御下姫の墓。
宗家17代当主島津義弘の次女で、
幼名は千鶴であったとされ、
成長して御下と名乗ったとされますが、… 続きを読む
佐志郷は佐志島津家が領した外城。
佐志島津家の石高は3000石とされ、
御仮屋を中心に麓が形成されていました。
「佐志島津家御仮屋跡」。
佐志島津家の御仮屋跡は、
佐志交流館や佐志小学校のある辺り。
石垣… 続きを読む
曽木の滝は仙台川上流に位置する滝で、
東洋のナイアガラとも称され、
豊臣秀吉も島津征伐の帰路に立ち寄り、
その雄大な景観を楽しんだとされます。
「曽木の滝」。
滝の高さは12m、幅は210mもあり、
変化に富んだ地形に豪快に注ぐ水は、
非常に荒々しく流れています。
「… 続きを読む
出水宿は薩摩街道の宿場町。
平良川と武家屋敷の間に挟まれ、
その御用商人達が集まった場所で、
数軒の旅籠かあったとされています。
和泉市本町周辺。緑の線が街道筋で、
青くぼかし辺りが出水宿跡。
「出水宿跡」。
街道筋は出水麓の… 続きを読む