レンタルのBlu-rayではありますが、
映画[峠 最後のサムライ]を視聴。
令和2年に公開される予定でしたが、
コロナ禍の影響で3度延期され、
最終的に令和4年に公開された作品。
同じく延期された燃えよ剣と同様に、
待たされた分期待していました。
黒沢明の助手を務めた大御所監督小泉堯史、
役所広司… 続きを読む
峠 最後のサムライ
コメントを残す
レンタルのBlu-rayではありますが、
映画[峠 最後のサムライ]を視聴。
令和2年に公開される予定でしたが、
コロナ禍の影響で3度延期され、
最終的に令和4年に公開された作品。
同じく延期された燃えよ剣と同様に、
待たされた分期待していました。
黒沢明の助手を務めた大御所監督小泉堯史、
役所広司… 続きを読む
長岡藩の槍術の達人伊東道右衛門は、
老体ながら槍を持って北越戦争に参戦。
祖先伝来の甲冑を纏って長槍を構え、
華麗な槍で薩摩藩兵3名を仕留めたという。
※2名の説も。
その伊東老人が戦死した場所にある碑。
「伊東道右衛門戦死の地」。
城岡3丁目の川畔に碑が建てられています。
河川改修工事で川筋が当時と変わっており、
実際の戦死場所ではないらしいのですが、… 続きを読む
山本帯刀家は長岡藩世襲家老5家のひとつ。
筆頭家老家稲垣平助家に次ぐ家格を誇り、
軍師山本勘助の弟山本帯刀左衛門が、
その祖先であると伝えられています。
幕末の当主である山本帯刀義路は、
門閥ながら河井継之助の慶応改革… 続きを読む
長岡藩には河井家が3家あり、
河井継之助の出自には諸説ありますが、
牧野家の長岡移封の際に仕官したという。
その河井家の3家は、
河井清左衛門を祖とする50石の本家と、
その弟忠右衛門を祖とする分家120石、
忠左衛門の次男代右衛門の分家120石で、
継之助は代右衛門を祖とする分家でした。
※分家2家は諸役を務めて加増。
「河井継之助記念館… 続きを読む
長岡藩は7万4000石の中藩でしたが、
北越戦争で新政府軍を散々に苦しめ、
その名を轟かせています。
藩庁長岡城は2度の陥落で殆どが焼失し、
僅かに残った建屋も売却されました。
跡地の本丸跡には長岡駅が建てられ、
曲輪や堀も全て埋め立てられて市街地に没し、
遺構は全く残っていません。
「JR長岡駅… 続きを読む
長岡藩2代牧野忠成の四男牧野定成は、
蒲原郡三根山の新田6000石を分知され、
分家を興して寄合旗本となります。
これが三根山藩の始まりであり、
幕末の文久2年になって、
高直しにより1万1000石となった為、
諸藩に列して三根山藩が立藩しました。
「三根山藩址公園」。… 続きを読む