岩国藩」タグアーカイブ

広島県広島市 国泰寺跡

長州征伐で幕軍の総督府が置かれた国泰寺
長州藩の三家老首実験が行われ、
政事戦の舞台となった場所でした。

残念ながら原爆によって焼失してしまい、
国泰寺は市街の北西に位置する己斐に移転。
現在の跡地は開発が進んで面影はありません。… 続きを読む

山口県岩国市 岩国護国神社

戊辰戦争岩国領戦死者22名を祀る為、
領主吉川経幹関所山招魂場を建立。
これが岩国護国神社となっています。

後に脱退騒動鎮圧の戦死者5名も合祀。
招魂場の運営は岩国藩が行っていましたが、
廃藩置県によって吉川家の庇護から離れ、… 続きを読む

山口県岩国市 洞泉寺/岩国藩吉川家墓所②

/②
つづき。


大乗院殿前城門朗
 即心圓通大居士墓
(右)」、
華巌院殿梅玉妙聯大姉墓(左)」。
7代領主吉川経倫と正室多芽姫の墓。
徳山藩5代毛利広豊の九男に生まれ、
6代吉川経永の養嫡子となり、… 続きを読む

山口県岩国市 洞泉寺/岩国藩吉川家墓所①

①/

吉川家墓所吉香公園の西側にあります。
墓所は吉川家菩提寺洞泉寺の境内ですが、
洞泉寺と墓所の間に永興寺という寺があり、
そこの境内と勘違いしてしまいそうです。


洞泉寺」。
室町時代中期の武将吉川経信が、… 続きを読む

山口県岩国市 錦帯橋

錦帯橋は岩国の錦川に架かる有名な橋で、
世界的にも珍しい木造アーチ構造の橋。
吉川家が岩国の領主となってから、
錦川には何度も橋が架けられましたが、
洪水で何度も橋は流れていた為、
3代領主吉川広嘉がこれを憂い、
洪水に耐えられる橋の建設を計画。
明の帰化僧独立性易から杭州西湖の橋が、
橋脚を石垣にしているという情報から、
家臣の児玉九郎右衛門に設計させ、… 続きを読む