庄内藩は三崎峠付近で新政府軍と戦いますが、
密かに別動隊に鳥海山を越えさせ、
新政府軍側の矢島陣屋を攻略します。
※交代寄合生駒家の陣屋。
戦後の高直しで矢島藩を立藩。
明治元年8月5日。
この報を聞いた… 続きを読む
「弘前藩」タグアーカイブ
青森県平川市 碇ヶ関宿跡/御関所跡
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碇ヶ関は弘前藩が設置した国境の口番所で、
本陣も備えた宿場町であった為に、
地域一帯が城下町の様だったとされ、
弘前城の出城のようなものでもありました。
平川市碇ヶ関周辺。緑の線が羽州街道。
青でぼかした辺りが碇ヶ関宿跡。… 続きを読む
秋田県大館市 矢立峠
矢立峠は久保田藩と弘前藩の国境の峠で、
羽州街道の難所でもありましたが、
弘前藩主も参勤交代の際に通過します。
現在の矢立峠は遊歩道となっています。
道の駅やたて峠に車を停めて遊歩道へ。
前日の雨で湿度が高く蒸し暑かったです。
「伊能忠敬 測量隊 … 続きを読む
青森県西津軽郡 津軽藩発祥之地
鯵ヶ沢にある赤石川中流に、
津軽藩発祥之地があります。
ここが津軽藩(弘前藩)発祥地とされるのは、
藩祖大浦光信の居城である種里城と、
その光信の墓所があるからです。
本来藩祖は初代藩主又はその先代ですが、
弘前藩では初代津軽為信の4代前の光信で、… 続きを読む
青森県東津軽郡 吉田松陰 乗船の場
吉田松陰と宮部鼎蔵は東北遊学の際、
津軽半島の外周をまわり、平舘台場を見学した後、
二矢村で漁舟に便乗して青森へ向かっています。
「吉田松陰 乗船の場」。
2人が乗船したという地に、
比較的新しい看板が設置されています。
実は松陰が記した「二矢村」という村はありません。
ここより南に行くと「… 続きを読む