原田宿より田代宿へ向かう際、
最初の難所となっていた三国坂。
筑前、筑後、肥前の三国の境で、
争いの絶えなかった場所でした。
この為に当事者間で協議が行われ、
三国の境には国境石を建立。
長崎街道をゆく人々が、… 続きを読む
福岡県筑紫野市 三国坂/三国境石
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原田宿より田代宿へ向かう際、
最初の難所となっていた三国坂。
筑前、筑後、肥前の三国の境で、
争いの絶えなかった場所でした。
この為に当事者間で協議が行われ、
三国の境には国境石を建立。
長崎街道をゆく人々が、… 続きを読む
平戸往還の最大の難所ともされる峰坂。
「峰坂」。
急勾配が延々と続く坂道で、
現在は舗装されていますが、
往時はどうだったのでしょう?
訪問時は炎天下で倒れそうになりました。
長崎市は坂の町として勇名ですが、
佐世保市も劣らず坂の町です。
この峰坂以外も殆どが急な坂で、
ここで暮らす人々の足腰は、
いったいどうなっているのでしょうか?
一説には自転車… 続きを読む
奥州街道の下野国と陸奥国の国境に、
それぞれ2社の境の明神が並立しています。
「下野国/陸奥国国境」。
国道294号線の栃木県と福島県の県境。
栃木県側からの撮影。
街道はこれより奥州に入ります。… 続きを読む
きみまち阪は米代川に迫る険しい山で、
県立の自然公園となっている場所。
江戸時代以前はこの山があった為、
荷上場宿と小繋宿間に道が出来ず、
米代川を舟渡しで渡っていました。
とはい増水等で舟が出ない場合もあり、
その際は険しい山をよじ登って、
反対側に辿り着いていたようです。
この山の名称は荷上場側が郭公坂、… 続きを読む
西国街道の周防国/長門国の国境は、
割木松にある峠にありました。
江戸時代は令制国としての国境よりも、
藩境の方が重要ではありましたが、
地理区分として継続して用いられており、
重要な要素であったようです。
「周防長門… 続きを読む
長崎街道の黒崎宿と木屋瀬宿の間には、
小倉側からの最初の難所石坂の急坂があり、
諸大名も駕籠を降りて登ったという。
現在は開発で地形が変わっていますが、
小嶺IC付近から山を登り、
その頂上からアケ坂という急坂を下り、
中の谷… 続きを読む
栃ノ木峠は北陸街道の難所。
越前国と近江国の国境に位置し、
トチノキが群生していたという。
北陸街道は木之本宿から二手に分かれ、
一方は敦賀を経由して木ノ芽峠を越え、
二ッ屋宿を経て… 続きを読む