白石正一郎」タグアーカイブ

下関市今浦町周辺 竹崎浦 今浦 伊崎浦

赤間関宿があったのは現在の唐戸周辺ですが、
新地会所白石正一郎小倉屋など、
意外と重要な史跡が集まっている下関駅西側。
現在の感覚では不便な位置のようですが、
勿論当時は下関駅はありませんし、
彦島側に伸びる大和町もありませんでした。


下関駅周辺。青い線が当時の海岸線。… 続きを読む

下関市竹崎町 白石正一郎海門跡地

大歳神社大鳥居から豊前田通りに入り、
5~60m歩いた左手にある国民旅館 天海
この入口に石碑が建てられています。


明治維新豪商 白石正一郎海門跡地」。
白石正一郎海門跡地となっていますが、
白石邸跡は中国電力下関支店のある場所で、… 続きを読む

下関市竹崎町 大歳神社(再訪)

ブログの始めたばかりの平成24年に、
大歳神社の記事を書いていたのですが、
9年ぶりに訪問してみました。


三井住友銀行下関支店の東側が参道で、
その急な石段は115段あり、
[一二三のお祓い坂]と呼ばれています。
本来は123段あったようですが、
先の大戦中に2度崩壊してしまい、
現在は8段不足しているという。


大鳥居」。
文久2年に攘夷祈願として、
白石正一郎が寄進した… 続きを読む

下関市阿弥陀寺町 赤間神宮

初詣で赤間神宮へ。
赤間神宮単体の記事が無かったので、
今回記事にしてみました。

赤間神宮は阿弥陀寺が前身とされますが、
阿弥陀寺の創建には諸説があり、
壇之浦の戦いの翌年とも、
その6年後ともされています。
とにかく安徳天皇の御堂が建立され、
安徳天皇の母建礼門院の乳母の娘が、
となり開山したとされており、… 続きを読む

榊屋仁作②

/②

文久3年5月16日。
白石正一郎の許に榊屋仁作から使いが来ます。
今日藍島から目の下二尺の鯛が届きました。
 粗酒一献差し上げたいと思いますので、
 ご兄弟揃ってお越し下さい
」との事。
あまり気は乗らないが、
せっかくのお誘いを断っては、
後日の祟りもあろうかと、
白石廉作と2人で馳走に行きます。

攘夷熱の沸騰している下関で、
気の荒い連中が大勢押し寄せてる矢先、… 続きを読む

白石正一郎の銅像を建てたらどうだろうか?

色々な地方を観光していて思う事ですが、
超メジャーとは言えないながらも、
知ってる人は知ってるという人物を、
その出身地は誇りを持って銅像を建てたり、
遺品などを集めた記念館を建てています。
下関にも東行記念館があって、
高杉晋作の遺品等を展示しています。

とはいえ晋作が下関ゆかりの人物であったって、
下関で没したといったって、
晋作はあくまで… 続きを読む