榊屋仁作② コメントを残す ①/② 文久3年5月16日。白石正一郎の許に榊屋仁作から使いが来ます。「今日藍島から目の下二尺の鯛が届きました。 粗酒一献差し上げたいと思いますので、 ご兄弟揃ってお越し下さい」との事。あまり気は乗らないが、せっかくのお誘いを断っては、後日の祟りもあろうかと、弟白石廉作と2人で馳走に行きます。 攘夷熱の沸騰している下関で、気の荒い連中が大勢押し寄せてる矢先、… 続きを読む
天誅組以前の中山忠光⑥ コメントを残す ①/②/③/④/⑤/⑥ 中山忠光が再び下関にやってくると、これを好機としたのが久坂玄瑞でした。 京で活動していた久坂ら尊攘志士30余人らは、攘夷期限が決定されると下関に向かい、自ら攘夷戦に参加しようとします。ですが京では… 続きを読む
天誅組以前の中山忠光⑤ コメントを残す ①/②/③/④/⑤/⑥ 「攘夷の魁たる長州藩が、 外国製の軍艦や武器を買うとは何事か! そんなものは打ち壊してしまえ!」。 中山忠光は長州藩軍備の洋式化に激怒。高性能の武器を揃える事は当たり前で、言っている事は無茶苦茶なのですが、… 続きを読む
天誅組以前の中山忠光④ コメントを残す ①/②/③/④/⑤/⑥ 中山忠光の父中山忠能は、出奔した息子を八方手を尽くして捜索。すると忠光の従者2人が帰ってきて、忠光は大坂の長州藩邸(蔵屋敷)におり、… 続きを読む