彦島」カテゴリーアーカイブ

下関市彦島 福浦

福浦北前船寄港地として栄えた港町で、
南風泊と同じく風待ちの為に、
北前船の多くが福浦湾に入ってきて、
大変な賑わいであったという。

現在の福浦町は1~3丁目まであり、
福浦本町と通称される1丁目と、
福浦口交差点西側の2、3丁目とは、
1本の道で繋がっているだけとなっています。… 続きを読む

下関市彦島 旧俎礁標

旧俎礁標は明治4年に設置された礁標で、
灯台技術者R.H.ブラントンが設計し、
海峡の岩礁を示していたもの。
当時は約6m程の石塔が黒白で塗り分けられ、
頂部の球が据えられたものでしたが、
明治23年に昼夜灯の挂灯立標に改修され、
後に岩礁と共に撤去されて、
現在地に移転されて灯台となりました。

これが金ノ弦岬灯台で、… 続きを読む

下関市彦島海士郷町 身投げ岩

壇ノ浦の戦い平家が敗れた為、
平家に仕えたの女官雑仕女達は、
彦島の平家一門の住居跡や、
漁師の家に匿われて潜んでいましたが、
彼女達は源氏の兵士達の格好の餌食となり、
陵辱の限りを尽くしました。
多くは乱暴を受けた後に殺され、
命を助けられた者も自ら命を絶ったという。

彦島老町にある身投げ岩続きを読む

下関市彦島 竹の子島

彦島には竹の子島という小さな島があります。


吉田松陰の海防視察日記「廻浦紀略」では、
松陰がここに上陸して視察を行っており、
南風泊から小船で竹の子島に渡り、
壱之台弐之台六之台の台場を巡視しました。


松陰は小船で渡りましたが、
現在は橋が架けられていますので、
車でそのまま上陸する事が出来ます。
※下関駅から直通のバスもあります。続きを読む

下関市彦島 福浦金刀比羅宮

吉田松陰の海防視察日記「廻浦紀略」によると、
松陰は嘉永2年7月16日、
引島(彦島)福浦の金毘羅山に登っています。

この金毘羅山に灯籠堂があったそうで、
福浦に来る船の目印とされていたようです。

金毘羅山は金刀比羅宮が建立された後の名前で、
富観台とも呼ばれています。
それまでは頭兜山続きを読む