金子文輔の馬関攘夷従軍筆記⑮

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12月3日 在諸隊の隊長等が萩を発し、
 山口又は三田尻に帰る。
 福原越後國司信濃益田右衛門介及び、
 佐久間佐兵衛中村九郎等が自裁を賜わる。
※三家老及び四参謀の切腹が決定。
 11日に国司と益田が徳山で切腹。
 福原は徳山毛利家の出身だった為、
 領内で自刃させるのは忍びないと、
 翌12日に岩国で自刃しています。

12月19日 祖父君七年忌法会。
 三千坊住職下間安海を招き読経を営む。
 今日前田孫右衛門楢崎彌八松島剛蔵
 竹内正兵衛宍戸左馬介等また自裁を賜わる。
 後日聞く所によれば新政府員は君意に反し、
 野山獄で斬首されたと。
※三家老以外は全て斬首されていますが、
 君意は自裁であったとのこと。

 この日山本友太郎が故有あって我家に起居。
 山本は御小納戸方の吏員なり。
 余は密かに城中の動静を聞く事が出来た。
 先鋒隊の人員が増加され明倫館に屯集するが、
 手狭となって清光寺に屯集。
 人呼んで清光寺党という。
12月23日 諸隊追討として総奉行粟屋帯刀が、
 先鋒隊及び清光寺党と銃隊等を引卒し、
 明倫館より金鼓堂々発陣。明木に屯集すと聞く。
 余この日病で床にあり。
 萩にいる諸隊員が続々捕縛されていると聞く。
12月25日 國老清水清太郎が自裁を賜わる。
 他日聞く所によれば前田孫右衛門も同様。
※正確には清水は切腹で、前田は斬首。
 記載ありませんが山田亦介も斬首されています。

 余の住居の隣りに小屋があって、
 蔵田門之介未亡人が住居しており、
 その未亡人が夜半に密かに来て告げる。
 「今宵鶏權次なるもの来たり鶏權次は政府
  の探偵なり)本家の主人は家居するや否」と。
 未亡人曰く、
 「日に三四度は往復するも家居の様子なし
 と伝えてくれたようでそう言って去った。
 (藤田未亡人は瀧彌太郎氏の叔母。
  瀧氏は今獄に在り)
※未亡人が夜中にって一瞬ドキッとしますね。
慶應元年乙丑【元治二年】
正月六日 初更に南方に砲声を聞く。
 これは先鋒隊と諸隊との交戦音ではないだろうか。
 夜になっても砲声は止まなかった。
※まだ戦にはなっていませんので、
 先鋒隊の砲撃演習と思われます。

 夜半に従兄の富永眞平馬馬関より萩に帰り、
 余の家に一泊す。
 従兄は馬関奉行所の吏員で馬関在勤している。
 曰く去る二日の夜半に奇兵隊(実は遊撃隊)諸士が、
 奉行所を襲って金穀銃器を奪い去り、
 諸役人を放逐したという。従兄のその一人。
正月7日 
  8日 この日絵堂又は大田辺りで交戦あり。
 先鋒隊が敗れたと聞く。
※正確には6日夜に絵堂で開戦。
正月13日 清末公御来萩。
 これより前に杉徳輔佐久間神太郎等の周旋で、
 中立の干城隊を編成される。
 専ら先鋒隊と諸隊の中間にあって、
 国難を安定させる目的を以って弘法寺に会す。
※弘法寺には前原一誠の墓があります。
 (記事はこちら

正月14日 雨。佐伯太郎左衛門山縣初三郎
 余の見舞いに来る。
 両氏曰く清末公が両君公の命で鴻城に御出張し、
 諸隊を御鎮静するという。
※藩主毛利敬親が追討を鎮静に変えさせたという。
 諸隊に停戦の命を伝えるが応じないという。
 両氏は余を試しているようなので、
 余はその意を了解してこれを受ける。
 両氏は即時弘法寺に戻りすぐにまた来て曰く、
 「即刻清末公の御旅館に謁見すべし」と。
 余は直ちに用意して清末公の御旅館に至り、
 拝謁して使命を受け、君前で酒肴を賜わる。
※諸隊の幹部を良く知る金子にうってつけの使命。
正月16日 雨雪。清末公は金谷正燈院に御移転。
 佐久間神太郎と同じく同院に至る。
 薄暮に山口に向かって出発すべきの命あり。
 また清末藩士池田一八が差添として同行。
 池田は奇兵隊入隊中に面識があった。
 薄暮に出発して明木に至り、
 明木の参政山縣與一兵衛に面会。
 池田は山縣に申して曰く、
 「清末公は山口に御出張して諸隊鎮静に御尽力し、
  まず矢留として我々両人が山口に赴く
」と云々。
※矢留とは休戦の事。
 山縣はその矢留行の不可を説き山口行を拒む。
 池田は心動き今夜はその宿に一泊し、
 明朝出発する旨を山縣に告げて去る。
 池田は山縣の話で山口に行きたくない様子。
 余は金輪際躊躇してはならないと思い池田に言う。
 「各自道を異にして使命を果たさん」と。
 池田と別れた時は既に二更。駅中は雑踏していた。
 昨夜諸隊が佐々並駅を襲い、
 今夜は明木駅に来襲だろうと。
 余は傳馬所に至りこの駅の役人の姓名を聞けば、
 直横目三宅孫七であるという。
 すぐに旅宿を叩き事情を説明し、
 どこか明朝まで潜伏する所の用意を頼む。
 三宅は敢えて拒まずすぐに袴を着けて外出。
 その行動がかなり怪しかったので無断で去り、
 また傳馬所に戻って別の役人の姓名を問えば、
 知人の山中平十郎輺重にいるという。
 すぐに輺重に至り山中を戸外に呼び出す。
 山中は驚いたが山口より来たと思ったのだろう。
 また矢留云々の件を話し、明日早天に山口に向かい、
 出発するまでの潜伏の周旋を頼む。
 山中これを承諾して輺重に帰り去る。
 余はこれに疑念を覚えて山中を尾行し、
 輺重まで行って障子に小さな穴を開け、
 中を覗くとに風呂敷に何物かを包むのを見る。
 少しして出て来て他所に案内された。
 途中で山中曰く今夜は佐々並駅駐屯の諸隊が、
 当駅を襲来する報知があったので、
 普通の家に潜伏するは得策にあらず。
 自分が長年雇っていた女中がここに嫁いでいるので、
 その家に潜伏するといいと云々。
 駅を出て四五丁程なり。戸主は不在。
 主婦則ち山中の女中に余の潜伏を頼む。
 山中は入用と偽って外出したのですぐに去る。
 去り際に握り飯を貰った。
 前刻に予が小孔より覗いた風呂敷はこれなり。
 厚く感謝して別れる。
 予は諸隊の先鋒に投ずるの書簡を書き終わり、
 山中の興へたる握り飯を食べて夜明けを待つ。
 既にして鳥の声の声を聞く。
 主婦にお礼の紙幣を渡して去る。
※始めの役人が怪しい気配だった為か、
 知人も猜疑心の目で見ているようです。
 怪しいと思っていたものが誠意であった。
 こういう時に人は自分の愚かさを痛感します。


つづく。
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