白石正一郎のお伊勢参り②(宮島から尼崎へ)

つづき。
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6月14日。
明け方に宮島に到着。
船宿で入浴した後、厳島神社に参拝する。
銀12匁を奉納してお守りを貰い、回廊の絵馬を見て、
五男神を祀る社と六柱を祀る本社に参った。
五男神の名をお宮の人に訊ねたが、
曖昧な答えしか得られず不満。
大元神社にも参拝した後、山を越えて紅葉谷へ行き、
そこの茶屋で酒と昼食。
千畳敷を見て、本町の酒屋で人に会い、
大仏の茶屋を見学したあと、船に戻る。
※厳島神社の本社は、宗像三女神を祀ってるはずですが、
 六柱を祀る本社とはどういうことでしょう?

 五男神の社は、摂社の「客神社」です。
 大仏というのはたぶん大願寺の不動明王の事で、
 大巌寺の境内に茶屋があったのでしょう。


午後2時頃に出港し、夜になって音戸の瀬戸を通過。
8年前に来た時よりずいぶんと繁盛しているように感じた。
船中で一昨日よりの船賃を精算。船はさらに進む。

6月15日。
芸州長浜の沖を進み、猫瀬戸ワカタビの浦
鎌刈の三ノ瀬を過ぎる。
タダノウミには塩浜があって人家も多い。
同乗の尾道の人が糸崎で降りた。
糸崎には立派な八幡宮があるらしい。
尾道は入り組んでいて船からは見えない。
船は夜も走り、備後国田嶋の沖を通り、
田ノ口の沖にある前島で夜が明けた。
※立派な八幡宮とは、糸碕神社の事でしょう。
 前島という島がよくわかりませんが、

 田ノ口の沖に堅場島という島があります。

6月16日。
日比を通る。ここは四国の高松あたりで、
3里ほどの近さとの事。
ガンクビの瀬戸を通る。
岡山の城下があるそうだが、船からは見えない。
少し行くと小豆島。その先に播州赤穂の城がある。
潮が悪くなり、室の沖で停泊。
深夜、小舟で室に着き、船宿で陸路の支度をして出立。


6月14日から16日の行程。

6月17日。
午前4時頃、室の明神に参拝。
山手を登り一ノ瀬山田村大さか村を通って、
正午頃に姫路米屋清右衛門の宿に入る。
宿の各部屋は茶室造りで至って風流。
昨夜は夜中より起きて歩いたので早泊まりする。
風呂に入って、夕方から酒を飲んで休む。
※室の明神とは、加茂神社の事。

6月18日。
午前2時頃、姫路の宿を出る。
豆崎を経て高砂の宿で昼食。
入浴もする。明石行きの船に乗り、
午後3時頃に明石に到着。
平忠度の墓のある人丸神社に参拝して、
橋本屋久右衛門の宿へ泊まる。
※平忠度は源平時代の平家の武将。
 一の谷の戦いで討死。

6月19日。
午前4時頃出立。
舞子の浜を過ぎて、須磨の浦須磨寺に参拝。
兵庫築崎に着いて、平清盛の墓に参り、
築崎寺にも参拝する。町を見学して宿に入った。

6月20日。
夜明けに宿を出立。港川で楠木正成の墓に参る。
生田神社西宮蛭子神社にも参拝。
西宮の門前町で昼食をとり、船で尼崎へ。
尼崎屋太七の宿に泊まる。


6月17日から20日の行程。

つづく。

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