新潟県新発田市 三日市陣屋跡

三日市藩は、甲府藩柳沢家が郡山へ移封された際に、
新田藩三日市へ移封されて成立しました。
三日市藩は定府大名であった為、
三日市に建設された陣屋も、
簡素なものであったようです。


新発田市立七葉中学校」。
陣屋跡は現在七葉中学校の敷地となっていますが、
遺構はおろか跡碑もありません。

三日市藩の陣屋は当初は、
少し南の加治川沿いの三日市に建てられていましたが、
川の氾濫を避けて少し北の館村に陣屋を移したようです。
ですのでここは三日市陣屋ではなく、
館村陣屋ということになりますが、
公称は三日市のままでした。定府大名でしたしね。

定府大名であった三日市藩柳沢家では、
幕末まで藩主の国入りがありませんでしたが、
慶応4年4月に8代柳沢徳忠が初めて国入りしています。

国入り後すぐに奥羽越列藩同盟への加入を迫られ、
周辺諸藩と共に加入しますが、目立った行動は取っておらず、
新発田藩の降伏を受けて新政府軍に降伏しました。
しかし新政府軍に派兵出来たのはわずか7名だったようで、
独立した部隊とならず新発田藩兵に組み込まれたようです。


【三日市藩】
藩庁:三日市陣屋
藩主家:時睦流柳沢家
分類:1万石、譜代大名(郡山藩支藩、定府)

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