大村益次郎」タグアーカイブ

京都府京都市 佐久間象山 大村益次郎遭難地

長州藩邸東側の高瀬川の西岸に、
佐久間象山大村益次郎の遭難地があります。
彼ら2人には直接の接点が無いのですが、
何の因果か時を経て二人はこの付近で襲撃され、
非凡な才能を散らすことになりました。


木屋町通りより見る高瀬川向いの2つの碑。
佐久間象山は元治元年7月11日、
木屋町通りの路上で。
大村益次郎は明治2年9月4日、
この向いの長州藩控屋敷で襲撃されました。


「… 続きを読む

山口県山口市 大村益次郎墓所【再訪】

鋳銭司大村益次郎墓所を訪れたのは6年前。
山口市を訪問したついでに久々に行ってみました。

明治2年9月3日。大村益次郎は京都三条木屋町の旅館で、
長州藩大隊指令静間彦太郎加賀藩藩士安達幸之助らと会食。
夕刻に2人の男が訪ねてきて萩原秋蔵という名刺を見せ、… 続きを読む

京都府京都市 京都霊山護國神社②

つづき。
/②//

梅田雲浜の碑よりさらに上へ。
長州藩勤皇志士らの墓域に入ります。

長州勤王烈士墓域」。
禁門の変等で殉難した長州藩士らの墓碑。

長州勤王烈士墓域より石段を挟んだ先に、
小さな社殿があります。

山口藩招魂社(右)」と「霊山招魂社」。… 続きを読む

愛媛県宇和島市 大村益次郎住居跡

周防の村医村田良庵は、緒方洪庵適塾で蘭学を学び、
塾頭を勤めた後、鋳銭司に帰って医者を開業しています。

高野長英を幕吏の探索によって失った宇和島藩では、
高野に代わるのような蘭学者を求めていましたが、
そこで白羽の矢が立ったのが、
二宮敬作を訪ねに来た村田でした。

二宮や高野門下の藩士に一流の蘭学者と認められた村田は、
宇和島藩主… 続きを読む