尾張藩」タグアーカイブ

愛知県犬山市 犬山城②

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つづき。

大手道を登り黒門跡へ。

黒門跡」。
枡形になっている大手口の門跡で、
この黒門は現在市内の徳林寺に移築現存されています。


針綱神社拝殿」。
黒門を過ぎるた正面が桐之丸跡で、… 続きを読む

愛知県犬山市 犬山城①

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犬山城は全国12棟しかない現存天守のひとつで、
さらに5つしかない国宝天守のひとつ。
しかも近年、最古の天守とされた丸岡城天守が、
寛永5年(1628)の建造と判明した為、
犬山城の天守が最古の天守となっています。
※天文6年(1537年)又は慶長6年(1601年)。


木曽川と犬山城」。… 続きを読む

岐阜県海津市 今尾陣屋跡

お亀の方は、美濃斎藤家家臣竹腰正時に嫁ぎ、
竹腰正信を生みますが、すぐに正時と死別。
その後、石川光元の側室となり、
石川光忠を生みますが、お亀は離縁されています。
その後、徳川家康に見初められて側室となり、
家康の八男仙千代(6歳夭折)、
九男… 続きを読む

岐阜県海津市 高須陣屋跡

高須藩尾張藩の支藩。
尾張藩2代藩主徳川光友の次男松平義行が、
信濃に3万石を分与されて高井藩を立藩し、
後に高須に移封されて、高須城跡に陣屋を建設。
藩主家は参勤交代を行わない定府大名で、
四谷に上屋敷があったことから、
四谷松平家続きを読む

高須四兄弟 徳川茂栄

左から
八男松平定敬 七男松平容保 五男徳川茂栄 次男徳川慶勝
尾張藩の支藩である高須藩の第10代藩主松平義建の子供らで、
晩年まで生き、幕末の重要な藩の藩主であった4人を「高須四兄弟」と呼びます。
松平義建の子供は10人いるのですが、他の兄弟は早くに死去していますね。

さて、この4人、なかなかに波乱の人生を送っています。

次は次兄(正式には五男)の… 続きを読む