白石正一郎」タグアーカイブ

下関市阿弥陀寺町 赤間神宮

初詣で赤間神宮へ。
考えたら赤間神宮の単体の記事って無かったので、
今回記事にしてみました。

赤間神宮は阿弥陀寺という寺院が前身とされますが、
その創建には諸説があり、壇之浦の戦いの翌年とも、
6年後ともされています。
とにかく朝廷の命で安徳天皇の御堂が建立され、
安徳天皇の母建礼門院の乳母の娘がとなり開山。… 続きを読む

榊屋仁作②

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文久3年5月16日。
白石正一郎の許に、目明し榊屋仁作から使いが来ます。
今日、藍島から目の下二尺もある鯛が届きました。
 久しぶりに粗酒一献差し上げたいと思いますので、
 ご兄弟揃ってお越し下さい
」との事。
廉作との一件とはうって変わっての様子で、
あまり気は乗らないが、せっかくのお誘いを断っては、
後日の祟りもあろうかと、廉作と2人で馳走に行きます。

攘夷熱の沸騰している下関で、
気の荒い連中が大勢押し寄せてる矢先、
京では目明しが… 続きを読む

白石正一郎の銅像を建てたらどうだろうか?

色々な地方を観光していて思う事ですが、
超メジャーとは言えないながらも、
知ってる人は知ってるという人物を、
その出身地はやはり誇りを持って銅像を建てたり、
遺品などを集めた記念館を建てたりしていますよね。
下関にも東行記念館があって、
高杉晋作の遺品を展示していたりします。

とはいえ、いくら晋作が下関ゆかりの人物であったって、
下関で没したといったって、続きを読む

天誅組以前の中山忠光⑤

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攘夷の魁たる長州藩が、
 外国製の軍艦や武器を買うとは何事か!
 そんなものは打ち壊してしまえ!
」。

中山忠光は、長州藩の軍備が洋式化することに激怒。
高性能の武器を揃える事は当たり前で、
言っている事は無茶苦茶なのですが、
藩の重臣達がどう説明しても納得しない。
とうとう藩主… 続きを読む