高野山奥の院墓地/彦根藩井伊家墓所①

奥の院墓地にある彦根藩井伊家の墓所。
別の場所にも墓所がありますので、
この記事を彦根藩井伊家墓所①としますが、
今回の奥の院訪問では②は触れません。
上杉家墓所の先にあったのですが、
 写真を撮影していなかった為、
 再訪した際に記事にしたいと思います。



彦根藩井伊家墓所」。
初代の霊屋の左右に墓碑が並ぶ墓所。
井伊家は「井伊の赤備え」で知られ、
新参ながら譜代筆頭となった武門の家。
赤備えは元々甲斐武田家飯富虎昌や、
山県昌景の部隊が使用したものでしたが、
その遺臣らが井伊家の配下となった為に、
井伊家もこの赤備えを採用しました。
かつての甲斐武田家の強さのイメージと、
井伊直政本人の武勇も相まって、
赤備えは戦場で恐怖の対象となります。
更に井伊家とは関係ありませんが、
大坂の陣真田幸村(信繁)が採用し、
その強さを後世に広めた事も相まって、
赤備え=最強」の印象が刷り込まれ、
現代の小説漫画映像作品においても、
赤い鎧装備強者として扱われます。


井伊掃部頭霊屋」。
彦根藩初代藩主井伊直政の霊屋。
この霊屋は江戸中期の建立とされており、
内部には初代直政の宝篋印塔があるという。
元々はここに2棟建っていたようですが、
誰のものかは不明。


左側から、
玉龍院殿従四位下前羽林次将
 忠山源功大居士
」、
光照院殿従四位下前羽林次将
 天真義空大居士
」、
圓城院殿従四位下前羽林次将
 徳厳道隣大居士
」、
長壽院殿正四位上羽中老
 林覚翁知性大居士
」、
泰源院殿従四位下前羽林次将
 海印指光大居士
」。
3代藩主井伊直澄の墓、5代藩主井伊直通の墓、
6代藩主井伊直恒の墓、4代藩主井伊直興の墓、
7代藩主井伊直惟の墓。
※代数は彦根城博物館の数え方を採用。
3代直澄、4代直興は大老を務めていますが、
5代直通、6代直恒は早逝しており、
7代直惟も37歳で死去しています。
墓碑の大きさの理由はよく判りません。


霊屋の左側に並ぶ五輪塔群
被葬者の判別は出来ませんでしたが、
9代藩主井伊直禔(見性院殿)、
10代藩主井伊直幸(大魏院殿)、
11代藩主井伊直中(観徳院殿)が、
この列の中にあるようです。

更に見落としていましたが、
13代藩主井伊直弼の墓もあったらしい。

この霊屋の前の横向きの五輪塔が、
井伊直弼の墓とのこと。

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