司馬遼太郎という作家は恐ろしい作家です。
彼の作品が歴史上の人物のイメージを決定し、
それが世間の評価となっていると云っても、
けして過言ではありません。
坂本龍馬が幕末の一大英雄になったのも、
「竜馬がゆく」のおかげでしょう。
彼はそれまでマイナーな人物でしたが、
この作品によって幕末の主役となりました。
歴史の認知度において司馬の功績は、
計り知れないものがあります。
しかし、反対に罪を生むこともありました。
司馬が悪いわけではありませんが、
彼の作品はあくまで小説。
それをあたかも全て本当のことのように、
読者に錯覚させてしまいます。
司馬の作品は小説ですから、
面白おかしく書かれており、
史実よりも強調したり付け加えたりして、
創作の部分が含まれています。
司馬自体も歴史を捻じ曲げようとは、
決して思ってなかったでしょうけれど、
司馬の文書力の素晴らしさからか、
読者が本当の事と勘違いさせてしまうのです。
かくいう僕も嘗てはそんな一人でした・・。
そんなイメージづけられた被害者の一人に、
谷梅処(うの)がいます。
彼女は高杉晋作が死んでから、
稲荷町に戻って男と遊びまくってたのを、
これを良しとしない伊藤博文や山縣有朋に、
無理やりに髪を切られ尼にさせられたとされ、
軽い女、頭の弱い女の烙印が捺されています。
ネットのいろんなHPやブログを見ても、
そんな事を書かれていますので、
一般的にそう思われているのでしょう。
司馬の小説「十一番目の志士」にも、
そういう描写がありました。
この作品は司馬作品の中でも創作が多く、
主人公自体も創作なんですけどね。
晋作が死んだ後に伊藤や山縣が相談し、
貞操観念の薄いおうのが、
花町に浮名を流すことがあれば、
晋作の名前に傷がつくと考え、
主人公天童晋介にうのの髪を切らせ、
晋作の為に働く最後の仕事としたと、
小説では締めくくられます。
司馬作品のおうのは男好きで、頭が悪く、
どうしょうもない女と書かれていますが、
実際にそういう女であったという資料は、
僕の知る限りありませんし、
その後の彼女を見ても事実とは思えません。
僕の考える事実はこうではないかと・・・
おうのの貞操観念が薄いというのは、
晋作の手紙に、
浮気は慎みなさい的な内容がある事からで、
司馬がそのように発想したもの。
しかし彼は奥さんの雅にも、
「ああしなさい。こうしなさい。云々」と、
色々な訓示のような手紙を書いていますので、
おうのにも訓示を書いたのだと思われます。
これは女性に対する晋作のクセですね。
英雄高杉東行先生の妾に手を出そうなんて、
当時の下関の男連中が出来るとは思えません。
実際に常識を知らなかったかもですが、
右を向けといっていれば、
いつまでも右を向いている女であった彼女は、
「ああしなさい」と一言言えば、
「ああ、そういうものなんだ」と、
納得する素直な女性だったのでしょう。
晋作の死後どうすればよいかわからず、
戻らねばならないと思ったのでしょう。
※妾は旦那が死ねば遺産は貰えないので、
生きる為に働かなくてはいけない。
これは当時の常識でした。
ここで男がよく勘違いするポイントで、
飲み屋や風俗に男がいくと、
彼女らは楽しそうに接客してくれる。
楽しく好きでやってると思い込む。
勘違いさせるのが商売ではありますが、
彼女らは仕事としてやってるし、
生活の為にやってるわけで、
好きだからやってるわけではありません。
※好きでやってる人もいるでしょうけど。
「花町に戻るのは男好きだから」
と決め込むのは少々浅はかな考えかと。
おうのの「手に職」は三味線なわけで、
お座敷に上がる以外に食う術はありません。
自分の旦那がどれほどの英雄だったかなんて、
おうの本人にはわかりませんし、
単純な当時の常識として、
旦那が死んだら花町に戻るより道はない。
それを聞いた伊藤や山縣らが、
「菩提を弔うために尼になるのが望ましい」
とおうのに教えれば、
「ああ、そういうものなんだ」と納得して、
尼になったのではないでしょうか?
仮に無理やりに髪を切って尼にしても、
そのつもりが無いなら絶対に逃げ出します。
坂本龍馬の妻お龍が龍馬の死後、
坂本家や元海援隊士から世話になっていても、
結局逃げ出したのと同じように、
逃げ出してしまうに違いありません。
奇兵隊や山縣が監視してるわけでもないので、
逃げたかったら逃げれる状況でしたし、
その後の高杉家との交友を考えても、
とても無理やりとは思えません。
そのつもりだったから生活を支援してもらい、
墓守としてすごせたんじゃないでしょうか?
花盛りから一生を墓守として過ごしたのに、
「無理やりさせられた」とされるのは、
かわいそうな話じゃないですか??
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