福井県」カテゴリーアーカイブ

福井県吉田郡 永平寺

曹洞宗の宗祖道元は比叡山延暦寺に入門。
本覚思想に疑問を持って比叡山を去り、
臨済宗建仁寺に入門します。
しかし建仁寺でも道元の疑問は解けず、
師の明全らと共にへ渡って天童寺に入門。… 続きを読む

福井県福井市 瑞源寺/松平吉品墓所

福井藩5代及び7代藩主松平昌親(吉品)は、
支藩吉井藩の藩主でしたが、
兄で4代藩主の松平光通が継嗣なく自刃し、
その遺言によって福井藩主となっています。
しかしながらこの藩主就任は、
幕府裁定によって遺言が重視されたもので、
昌親や光通の兄松平昌勝を推す派閥や、
光通の庶子松平直堅を推す派閥には、… 続きを読む

福井県福井市 大安寺/福井藩越前松平家墓所

福井藩越前松平家の菩提寺である大安寺は、
田谷寺という大寺院の跡に創建され、
殆どの建物を創建当時のまま残しています。
田谷寺は48の坊舎を持つ大寺院でしたが、
織田信長越前侵攻で全て焼失してしまい、
その後80余年放置されていたという。
この跡地に4代松平光通が大安寺を創建し、
越前松平家の永代菩提所としています。

開山の大愚禅師は… 続きを読む

福井県小浜市 空印寺/小浜藩酒井家墓所

若狭国守護武田元光の築いた後瀬山城
その山麓に水堀を配した守護館が建てられ、
長らく若狭国の本拠地となっていました。
その後に京極高次が若狭国主に任じられ、
小浜城が築城された事により役目を終え、
次代京極忠高がその跡地に泰雲寺を建立。… 続きを読む

福井県勝山市 越前勝山藩校成器堂跡

越前勝山藩の藩医であった秦魯斎は、
藩主小笠原長貴や世子長守の病を治し、
藩主及び藩内で絶大な信頼を得ていました。
越前勝山藩藩校が無いのを憂い、
家老の林毛川が藩政改革に乗り出すと、
人材育成が藩には不可欠であると進言。
自分の所蔵の書籍と数百両の金を献じて、
越前勝山城の三之丸に、
藩校… 続きを読む

福井県勝山市 開善寺/勝山藩主小笠原家墓所

譜代大名の墓所は江戸にあることが多い。
これは転封が多いせいかもしれません。
ですが勝山藩小笠原家の墓所は、
勝山藩領にある開善寺にあり、
初代より歴代藩主の墓が並んでいます。


開善寺」。
開善寺は勝山藩主小笠原家の菩提寺で、
小笠原貞信高須藩から移ったことに伴い、… 続きを読む

福井県勝山市 越前勝山城跡

勝山藩という名を持つ藩は3つあって、
それぞれ区別の為に安房勝山藩美作勝山藩
そして越前勝山藩と呼称されています。

結城秀康は越前67万石を領していましたが、
2代松平忠直は将軍徳川秀忠に反抗して改易。
越前国は分割されて複数の藩が成立し、
越前勝山藩もその際に成立した藩でした。

越前勝山藩には秀康五男… 続きを読む