清浄華院墓地にある姉小路公知の墓所。
姉小路家は平安時代末期、
左大臣三条実房の次男姉小路公宣が、
姉小路家を称したのに始まり、
6代後の室町時代初期に断絶しています。
その後200年以上の時を経て、
慶長18年(1613)に姉小路公景が再興。… 続きを読む
京都府京都市 清浄華院/姉小路公知墓所
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清浄華院墓地にある姉小路公知の墓所。
姉小路家は平安時代末期、
左大臣三条実房の次男姉小路公宣が、
姉小路家を称したのに始まり、
6代後の室町時代初期に断絶しています。
その後200年以上の時を経て、
慶長18年(1613)に姉小路公景が再興。… 続きを読む
清浄華院は浄土宗の大本山寺院。
貞観2年(860)に慈覚大師円仁が、
清和天皇の勅願で宮中に建立したとされ、
当初は円密浄戒の四宗兼学だったという。
後に浄土宗の開祖法然上人… 続きを読む
和宮親子内親王は仁孝天皇の第8皇女で、
母は羽林家橋本家当主橋本実久の娘経子。
経子は仁孝天皇の寵愛を受け、
皇子胤宮を出産しますが夭折し、
和宮の出産は仁孝天皇の崩御後でした。
橋本家は清華家西園寺家… 続きを読む
中山家は羽林家の家格を持つ公卿家。
平安末期の内大臣中山忠親を祖とし、
晩年に忠親が洛東中山に居住した為、
中山家を称すようになったとされます。
初代こそ内大臣まで昇進していますが、
以後の子孫は権大納言止まりとなり、
家格としては羽林家に列しました。
13代… 続きを読む
二条家は五摂家のひとつ。
藤原北家九条家の庶流にあたる公家で、
九条道家の次男二条良実を祖とします。
良実が東二条院に居住した事から、
二条を称したとされており、
仁治3年(1242)に良実が関白となって以降、
五摂家のひとつとして続きました。
戦国時代の当主13代… 続きを読む
鷹司家は五摂家のひとつ。
五摂家筆頭近衛家の庶流で、
近衛家実の四男鷹司兼平を祖とします。
12代続いた後に一時断絶しますが、
二条晴良の三男鷹司信房が再興。
織田信長や豊臣秀吉と親しくし、… 続きを読む
九條家は五摂家のひとつ。
藤原北家九条流嫡流である公家で、
藤原忠通の六男九条兼実を祖とします。
五摂家筆頭の近衛家に次ぐ家格を有し、
その庶流である一条家、二条家も、
九条流の五摂家となっています。
「… 続きを読む