奥の院墓地にある岡山藩池田家の墓所。
岡山藩は31万5000石の大藩ですが、
ごく普通の位牌型の墓碑となっています。
他藩は巨大な五輪塔を建立していますが、
そんな事は気にも留めていない様子。
その割に墓域にはスペースがありました。
右から、
「曹源寺殿湛然徳峯大居士」、
「榮光院殿浄林妙清大姉」、… 続きを読む
高野山奥の院墓地/岡山藩池田家墓所
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奥の院墓地にある岡山藩池田家の墓所。
岡山藩は31万5000石の大藩ですが、
ごく普通の位牌型の墓碑となっています。
他藩は巨大な五輪塔を建立していますが、
そんな事は気にも留めていない様子。
その割に墓域にはスペースがありました。
右から、
「曹源寺殿湛然徳峯大居士」、
「榮光院殿浄林妙清大姉」、… 続きを読む
能福寺にある瀧善三郎の碑。
瀧善三郎は神戸事件の責任を負って、
永福寺で切腹した人物で、
その永福寺は空襲により焼失しており、
再建される事はありませんでしたが、
その境内に建てられていた碑を、
後に能福寺に移築させたようです。
「瀧善三郎正信碑」。… 続きを読む
慶応4年1月11日。
岡山藩は新政府の命による西宮警備の為、
家老日置帯刀に命じて藩兵を向かわせます。
当時の西国街道は外国人居留地に接した為、
幕府は外国人とのイザコザを避ける目的で、
西国往還付替道を設置していましたが、
日置隊は… 続きを読む
総泉寺は米子市愛宕町にある曹洞宗寺院。
米子藩主中村一忠が父中村一氏の慰霊の為、
この地に建立した寺院と伝えられ、
有事の際には出城となるように、
その境内が築かれたともされています。
「本堂」。
本堂等の建物は天保13年(1842)の再建。
総泉寺にはこんな昔話もあります。
昔々… 続きを読む
唐琴の瀬戸は牛窓と前島の間にある海峡。
牛窓は古くから西国航路の寄港地として栄え、
多くの舟が風待ち、潮待ちした場所。
万葉集や山家集にも詠まれており、
[牛窓千軒]と呼ばれた程に繁栄しました。
江戸時代に入ると… 続きを読む
岡山藩筆頭家老伊木家の歴代墓所は、
千力山墓所と長島墓所。
※他に14代が少林寺、15代が東山墓地、
初代と2代は兵庫県三木市にあります。
今回は千力山の墓所に訪問致します。
「興禅寺」。
家祖伊木忠次… 続きを読む
岡山藩筆頭家老伊木家の歴代墓所は、
長島墓地と千力山墓所の二ヶ所。
※他に14代が少林寺、15代が東山墓地、
初代と2代は兵庫県三木市にあります。
千力山の方は伊木家本拠虫明にありますが、
長島墓地は文字通り長島にあります。… 続きを読む