奥の院墓地にある結城秀康の霊廟。
結城秀康は徳川家康の次男でしたが、
冷遇されていたとされており、
後に豊臣秀吉の養子として出され、
更に結城家へ養子に出されています。
関ケ原の戦いでは上杉家の抑えとなり、
その功で… 続きを読む
高野山奥の院墓地/結城秀康霊廟
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奥の院墓地にある結城秀康の霊廟。
結城秀康は徳川家康の次男でしたが、
冷遇されていたとされており、
後に豊臣秀吉の養子として出され、
更に結城家へ養子に出されています。
関ケ原の戦いでは上杉家の抑えとなり、
その功で… 続きを読む
奥の院墓地にある福井藩越前松平家の墓所。
越前松平家は結城秀康を祖とする家系で、
複数の大名家を庶流に排出しますが、
福井藩越前松平家はその宗家にあたります。
左奥から、
「隆芳院殿前参議郭翁貞眞大居士」、
「慶壽院殿淨譽月窓淸心大禪定尼」、
「大安院殿羽林次将賢譽徳超萬伏源君… 続きを読む
奥の院墓地にある松平忠直の墓所。
忠直は徳川家康の次男結城秀康の長男で、
北ノ庄藩の2代藩主でしたが、
後に隠居を命じられて豊後国に配流され、
以降は27年間豊後で過ごしています。
「西巖院殿相譽友大居士」。
北ノ庄藩(福井藩… 続きを読む
松平忠直は福井藩2代藩主でしたが、
叔父にあたる2代将軍徳川秀忠と不仲で、
度重なる冷遇を受けて不満が募り、
次第に酒色に溺れて政務を疎かにし、
乱行を繰り返していました。
挙句に参勤まで拒否するに至った為、
怒った秀忠は忠直に隠居謹慎を命じ、
豊後の… 続きを読む
浅水宿は北陸街道の宿場町。
古代北陸道からの駅宿だったようで、
少なくとも平安時代には存在していました。
幕末期は福井藩領とのこと。
福井市浅水町周辺。緑の線が街道筋で、
青くぼかした辺りが浅水宿跡。
南側より散策。
「浅水二日町」。
浅水宿は南側の浅水二日町… 続きを読む
浄土寺は大分市にある浄土宗の寺院。
文亀元年(1501)に大友親治により創建され、
満誉覚了上人を開山としています。
「表門」。
明治期建築の四脚門。
国指定登録有形文化財。
「本堂」。… 続きを読む
鯖波宿は北陸街道の宿場。
太平記にも記載された古い宿場で
戦国時代には関所も置かれたとされます。
南越前町鯖波周辺。緑の線が街道筋で、
青でぼかした辺りが宿場のあった場所。
南側より散策。
「明治天皇御膳水」。
鯖波トンネル脇にある井戸で、
巡幸で鯖波宿を訪れた明治天皇… 続きを読む