池上は伊勢本街道沿いにある集落で、
西池上村と東池上村の2つからなり、
江戸時代は紀州藩田丸領でした。
正式な宿場ではなかったようですが、
集落全体が街道に沿っていた為に、
その恩恵を大きく受けていたようです。
多気町西及び東池上周辺。
緑の線が伊勢本街道で、
青くぼかした辺りが池上集落。
西側より散策。
「… 続きを読む
三重県多気郡 池上集落
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池上は伊勢本街道沿いにある集落で、
西池上村と東池上村の2つからなり、
江戸時代は紀州藩田丸領でした。
正式な宿場ではなかったようですが、
集落全体が街道に沿っていた為に、
その恩恵を大きく受けていたようです。
多気町西及び東池上周辺。
緑の線が伊勢本街道で、
青くぼかした辺りが池上集落。
西側より散策。
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総本家駿河屋善右衛門は煉羊羹発祥の店。
室町中期に伏見で初代岡本善右衛門が、
饅頭屋「鶴屋」を開いたのが始まり。
天正17年(1589)5代目岡本善右衛門が、
紅羊羹を作り豊臣秀吉に献上。
聚楽第の茶会で… 続きを読む
西方寺は和歌山県田辺市にある浄土宗寺院。
創建については不詳ではありますが、
慶長12年(1607)に現在地に移転したという。
江戸時代は城代安藤直隆の菩提寺となり、
同家に庇護されて隆盛しています。
「西方寺」。
市街の浄恩寺や龍泉寺と共に、
「… 続きを読む
紀伊田辺城は紀州藩の浅野家時代に、
家老浅野左衛門佐知近によって築城され、
一国一城令の際に陣屋に改築されたという。
紀州藩に徳川頼宣が入封してからは、
田辺領3万8000石が附家老安藤家に与えられ、… 続きを読む
新宮城は紀州藩の支城だった城で、
新宮藩立藩後には藩庁となっています。
城地は丹鶴山と呼ばれる小高い丘で、
源為義の娘丹鶴姫の住んだ東仙寺があり、
元々の新宮城は市内… 続きを読む