法福寺は和歌山市和歌浦にある寺で、
宗派は真宗本願寺派。
この寺院の幕末期の住職北畑道龍は、
僧侶ながら民兵集団法福寺隊を組織し、
和歌山藩兵と共に活躍。
維新後は北畠講法学舎を設立する等、
教法家、教育者として活躍しました。
「… 続きを読む
和歌山県和歌山市 法福寺/北畠道龍墓所
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法福寺は和歌山市和歌浦にある寺で、
宗派は真宗本願寺派。
この寺院の幕末期の住職北畑道龍は、
僧侶ながら民兵集団法福寺隊を組織し、
和歌山藩兵と共に活躍。
維新後は北畠講法学舎を設立する等、
教法家、教育者として活躍しました。
「… 続きを読む
根来寺は新義真言宗の総本山。
興教大師覚鑁が高野山内に一堂を建て、
伝法院と称したことがその始まりで、
鳥羽上皇によって篤く庇護されて、
後に大伝法院と密厳院を建立しました。
覚鑁は金剛峯寺… 続きを読む
文久3年4月3日。
当時軍艦奉行であった勝海舟は、
海岸砲台検分の為に紀州藩を来訪。
加太~和歌浦の海岸沿いの砲台を、
約30ヶ所も検分しています。
この検分の拠点となったのが、
両替商を営む清水平右衛門邸とのこと。
「勝海舟寓居地… 続きを読む
三浦長門守家は紀州藩御附家老のひとつ。
初代藩主徳川頼宣の実母於万の方が、
三浦家の出身であった為に、
藩主外戚として重きを成しています。
三浦長門守家初代当主三浦為春は、
初代藩主徳川頼宣の傅役となり、… 続きを読む
紀州藩は明治元年より軍制改革を行い、
軍務局を新設しています。
最新式のドライゼ銃を導入し、
プロセイン式の軍事教官を招集。
これに応じて来日したお雇い外国人が、
カール・ケッペンでした。
ケッペンは明治2年に来日し、
塩路嘉一郎、岸彦九郎、岡本兵四郎、
長屋喜弥太… 続きを読む
幕末の資料として名高い小梅日記。
幕末の有名事件の他、日常の事が書かれ、
当時の暮らしを知れる貴重資料です。
この小梅日記を書いた川合小梅の墓が、
妙宣寺にあるとのこと。
「妙宣寺」。
妙宣寺は法華宗真門流の寺院で、
妙淳法尼という尼僧が開いた妙見堂を、… 続きを読む
了法寺は三浦長門守初代当主三浦為春が、
所領の上野山村に建立した寺院。
後に坂田にあった浄土寺跡に移転し、
日蓮宗から天台宗に変わったようです。
三浦長門守家は紀州藩の御附家老で、
初代藩主徳川頼宣の実母… 続きを読む