慶雲館は明治20年(1887)に、
明治天皇の京都行幸啓で使用された建物。
※行幸啓は天皇皇后両陛下の外出。
行幸啓の帰路に大津から船を利用し、
長浜に上陸されるとのことで、
上陸後に鉄道へ乗り換える際に、
鉄道を待つ適当な場所が無かった為、
長浜の実業家浅見又蔵が私財を投じ、
突貫工事で完成させたとのこと。… 続きを読む
「聖蹟」タグアーカイブ
三重県桑名市 桑名宿跡
桑名宿は東海道の42番目の宿場。
桑名藩の城下町に位置しており、
東隣りの宮宿とは七里の渡しで繋がれ、
伊勢詣の玄関口になっていました。
「歌川広重 東海道五拾三次之内 桑名」。
七里の渡しから桑名渡船場に入る様子。
右に… 続きを読む
青森県東津軽郡 小湊宿跡
小湊宿は奥州街道の107番目の宿場町。
平内地方は黒石藩領で小湊はその中心で、
代官所が置かれて武家屋敷が並び、
御家中という小さな城下町となりました。
東津軽郡平内町小湊周辺。
緑の線が奥州街道で、
青でぼかした辺りが宿場だった場所。
「大橋」。… 続きを読む
青森県十和田市 藤島宿跡
藤島宿は奥州街道の103番目の宿場町。
奥入瀬川の南側が宿場だった場所で、
橋は架けられなかった為に、
川瀬には船場が設けられていたようで、
繰舟で通行が行われていました。
※両岸に綱を張って繰り寄せていた舟。
十和田市藤島周辺。緑の線が街道筋で、
青でぼかした辺りが宿場のあった場所。
「藤島宿跡」。
県道145号戸来十和田線が街道筋で、
宿場の面影は殆ど見られません。
旅館だったであろう建物もありますが、… 続きを読む
青森県三戸郡 浅水宿跡
浅水宿は奥州街道の100番目の宿場町で、
元々は浅水城の城下町であったとされ、
継所が設置されていたようですが、
間宿の為に本陣や脇本陣は置かれず、
大名が宿泊する事はありませんでした。
五戸町浅水周辺。緑の線が街道筋で、
青でぼかした辺りが宿場のあった場所。
三戸から未舗装の道を… 続きを読む
兵庫県たつの市 正條宿跡
西国街道を横切る揖保川の東には、
正條宿という宿場町が設置されていました。
揖保川町正條周辺。緑の線が西国街道。
青でぼかした辺りが正條宿跡。
「正條宿跡」。
ちらほらと当時の建屋が残っており、
宿場町だった雰囲気は充分に感じられます。
往時は旅籠、問屋、馬借等180軒が並び、… 続きを読む
下関市阿弥陀寺町 本陣伊藤邸跡
今更ながら本陣伊藤家の記事。
伊藤家は鎌倉時代よりの名家の家柄で、
室町時代、江戸時代には町の大年寄を務め、
町代官も務める指導的立場であったという。
参勤交代で訪れる諸大名の本陣も務め、
※伊藤家は東本陣で、… 続きを読む