萩市」カテゴリーアーカイブ

萩市須佐 笠松神社

長州藩永代家老益田家の領地であった須佐に、
三家老のひとり益田親施を祀る笠松神社があります。

親施は尊攘派の家老で、吉田松陰やその門下とも近く、
京都での尊攘運動にも奔走しました。… 続きを読む

山口県萩市 前原騒動慰霊碑

萩の乱で散った士族達を慰霊する碑が、
萩往還から萩市街に入る道筋にあります。


萩市椿大屋周辺(前原騒動慰霊碑の場所)


前原騒動慰霊碑」。
南無妙法蓮華経とだけ刻まれており、
一見何の碑かわかりません。
実は前々からここに碑があるのは知っていましたが、
それが何の碑かは知りませんでした。
この辺が萩の乱の激戦地だったとされますが、
あまり資料がなくてよくわかりません。
地元の人々が建てた慰霊碑なので、
たまたまここに建てたのかも?

萩の乱は前原一誠や… 続きを読む

萩市 明木橋(吉田松陰詩碑)

下関よりに行く場合、
中国自動車道から美祢東JCTで小郡萩道路に乗り換え、
大田・絵堂を抜けて国道490号線を通り、
途中で県道32号線に入って、
角力場交差点から国道262号線に入り、
再び県道32号線に合流するルートを通りますが、… 続きを読む

萩市 指月城跡

今更ながら萩城(指月城)に行ってみました。

関ヶ原の戦いに敗れた毛利輝元は、
山陽山陰8ヶ国から周防長門2ヶ国に厳封され、
本拠地である広島も奪われた為に、
新たに城を築城することになります。
山口続きを読む

萩市 萩キリシタン殉教者記念公園

慶応3年、長崎浦上村の農民達が仏式葬儀を拒否し、
隠れキリシタンであることが発覚。
長崎奉行所に町年寄高木仙右衛門が呼び出されます。
高木は隠しもせずキリシタンであると表明。
驚いた奉行所は高木をそのまま帰しますが、
幕府は密偵を使って信徒を調査し、
高木をはじめ浦上村の信徒が一斉に捕えられました。
俗にいう「浦上四番崩れ」です。

その後、幕府が倒れ新政府が発足しますが、
新政府に移行してもキリスト教が禁止され、
捕縛されていた信徒達3800人の扱いが問題となり、
「… 続きを読む