光厳寺は秋元長朝が惣社1万石を与えられ、
領内に菩提寺として創建したのが始まり。
江戸期の建築物が多く残っています。
「楼門」。
文化年間(1804-1818)建築。
朱の唐破風が目を引く楼門。
ここからは境内には入れません。
「長屋門… 続きを読む
「群馬県」カテゴリーアーカイブ
群馬県前橋市 龍海院/伊勢崎藩酒井家墓所
龍海院の酒井雅楽頭宗家の墓所には、
伊勢崎藩酒井家初代と6代の墓もあります。
「前橋藩主酒井氏歴代墓地」。
前橋藩/姫路藩酒井雅楽頭宗家の墓所。
片隅に伊勢崎藩酒井家藩主の墓もあります。
「下野守従五位酒井忠寛君墓」。
伊勢崎藩初代藩主酒井忠寛の墓。… 続きを読む
群馬県前橋市 龍海院/姫路藩酒井家墓所
酒井家は徳川家(松平家)最古参の家臣で、
三河国坂井郷出身の豪族であったという。
出自には諸説あるようで、
松平家と同族の清和源氏とも、
安芸毛利家同様大江広元末裔ともされます。
酒井広親の代に松平宗家に仕え、
広親の長男酒井氏忠の系譜が… 続きを読む
群馬県高崎市 岩鼻代官所陣屋跡
幕府の本拠関東八州の広大な直轄領は、
相模国を除いて2つに分けられ、
常陸国、下総国、上総国、安房国は、
布佐代官所が管轄、
上野国、… 続きを読む
群馬県前橋市 前橋城跡
前橋城の築城は15世紀末とされますが、
正確な事についてはよくわかっていません。
当初は厩橋城と呼ばれ長野氏の居城だったようで、
戦国時代には上杉謙信の関東進出の拠点となり、
上杉家家臣北条高広が城主となります。
謙信の死後、御館の乱に敗れた高広は武田家に下り、… 続きを読む