吉田松陰の九州遊学⑧

続き。
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※柳川城下に着いた松陰ですが、
発熱とあかぎれで寝込んでしまいます。

12月15日。寝込んで何もせず日を過ごす。
12月16日。昨日と同様。
12月17日。少し良くなる。
13日以来日記を書いていなかったので、
久しぶりに日記を出して書く。
12月18日。石橋卯八郎を訪問。
※石橋卯八郎がどのような人物かは不明。
12月19日。町野可名生が来訪。
石橋邸を訪問。
※町野可名生は柳河藩士で儒者。
 三善庸礼と称した。

12月20日。
柳川を出発。
足が痛いので籠を使う。
小俣を通過して筑後川を渡り②寺井に至る。

12月21日。
寺井から③佐賀に入る。
武富文之助千住大之助を訪ねるが留守。
武富の門下生吉田良一郎と話す。
武富が帰って来るが顔見せ程度。
文武修行者宿に泊まる。
※武富文之助は藩校弘道館教授。
 千住大之助は弘道館指南役で後に藩主側近。

12月22日。
千住大之助、中山平四郎を訪ねる。
弘道館の居寮生は240人ばかりだという。
非常に盛大である。
※中山平四郎は弘道館教授。後の佐賀郡長。

12月23日。
足痛が酷いので医者永松玄洋の治療を受ける。
夕方、長楽庵にて詩会があり、
佐賀藩の優れた藩士らと語る。
※永松玄洋は永松東海の養父。
 東海は明治期の薬整備に貢献した人物。
 長楽庵は現在の長楽寺


12月24日。
弘道館を見学。
枝吉、武富の他、三人の書生が案内してくれた。
午後に佐賀を出発し④柳川に到着。
森恵三郎を訪問。
新町の宿に泊り堀江と会う。
※枝吉は、枝吉平左衛門(神陽)の事です。
 森恵三郎と堀江はどのような人物か不明。



九州遊学の行程9

続く。

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