記事 桂小五郎①

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嘉永5年に齋藤新太郎に招かれ、
神道無念流剣術の指導を行った際、
新太郎は有能だった藩士の留学を進言。
これに藩は財満新三郎河野右衛門
永田健吉佐久間夘吉林乙熊の5名を、
藩費の剣術留学生とします。
桂小五郎はこの選に漏れましたが、
自費での留学を希望して許され、
井上壮太郎と共にこれに同行。
以下はその道中の日記の行程です。
この「記事」というのは日記のタイトルで、
雑誌やブログ等の記事の意味ではなく、
事を記す」という意味なのでしょう。

 記事
9月晦日
①東へ向かう為に萩城を発つ。
友人らは金谷まで送ってくれた。
大谷坂に至って日は昇り、
馬立場で斎藤氏伊勢越前の臣に逢う。
一舛谷を越ると腹が空き進めなくなり、
千餅のお店まで行って餅を二つ喰った。
佐々並市の近くの才二郎嶽の滝を望む。
山口県萩市 佐々並宿跡
市中の店で飯を喰い足を進め、
夏木原に至って休憩し一之坂を登る。
山口県萩市 吉田松陰先生東送之碑
山口県山口市 一の坂御建場跡
石州の山を望み六軒茶屋でを食べ、
山口に至って中座で宿を取った。
山口県山口市 山口宿跡
※金谷は萩の金谷八幡宮辺りで、
 伊勢、越前の臣は新太郎の門下。
 才二郎嶽の滝は淵ヶ平の滝
 山口の中座の場所はよくわかりません。


10月朔日
今日は暁に山口宿を発した。
日三竿となって足取りが進む。
吉岡一味齋の墓に拝して賽銭する。
山口県山口市 吉岡一味齋遭難之地
鯖山驛を発してを三つ喰らう。
船橋を渡って進み④宮市の社に詣でて、
山口県防府市 防府天満宮(再訪)
小泉氏の処に至り飯を食い酒を飲む。
彼は文直の両親。小林氏も途中で合流した。
しばらく雑談して七ツ半過ぎに退去。
三田尻を経て⑤富海まで小泉氏が同行し、
山口県防府市 三田尻湊
山口県防府市 富海宿跡
途中の金切社に参拝した。
阿弥陀寺を見て浮野の坂に至ったが、
この辺りの風景は素晴らしく、
九州の海を彷彿とさせる。
富海の中屋という舟屋に至り、
酒を飲み風呂に入り飯を食い船に至る。
吉岡一味斎は戦国期の剣術家で、
 恨みを買って不意打ちで殺されますが、
 その妻と娘婿が仇を討っています。
 小泉氏は桂の父和田昌景の実家。
 小林氏はその親戚でしょうか?

 
10月2日五ツ時
富海浦より船は発す。
波は穏やかだが船は遅々としている。
海路イルカクジラ潮吹きが見られ、
夜に入って船は⑥別府に入り、
永田氏の家に行った。
酒を飲んで船に帰り⑦室津に至るまで眠った。
※別府は大分ではなく田布施町の別府。
 永田氏はよくわかりませんが、
 桂の知り合いでしょう。


10月3日五ツ時
室津を発す。⑧玖波で宿泊。
広島県大竹市 玖波宿跡


9/30~10/3の行程。

つづく。
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