盛岡市街を流れる中津川。
綱取ダムより北上川までの流れが、
平成名水百選に選出されています。
「中津川」。
河川敷には散策路が整備され、
通勤通学路や散歩道になっています。
秋には鮭が遡上して産卵。
冬には白鳥の飛来するという。
また激減したカジカ… 続きを読む
岩手県盛岡市 中津川
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盛岡市街を流れる中津川。
綱取ダムより北上川までの流れが、
平成名水百選に選出されています。
「中津川」。
河川敷には散策路が整備され、
通勤通学路や散歩道になっています。
秋には鮭が遡上して産卵。
冬には白鳥の飛来するという。
また激減したカジカ… 続きを読む
井筒屋小野家は元々は近江商人で、
高島郡大溝で問屋を営んでいましたが、
後に盛岡に出店して大店となり
京都や江戸にも進出した豪商。
初代小野新四郎の二男村井権兵衛は、
盛岡で酒造業… 続きを読む
皇徳寺は白河大工町にある臨済宗の寺院。
平安前期の法相宗寺院勝道寺を前身とし、
平安末期に臨済宗寺院として再興され、
皇徳寺と改称したと伝わります。
「本堂」。
丹羽家の白河藩時代に現在地に移転し、
現在に至るとのことですが、
本堂… 続きを読む
白河宿は奥州街道の27番目の宿場で、
白河小峰城の城下にありました。
奥州街道の狭儀の終点ともされていますが、
これ以北も街道は続いています。
白河市街周辺、緑の線が街道筋で、
青でぼかした辺りが宿場のあった場所。
東側より散策。
「本町」。
白河風土記(1805)によれば、
家数は96軒であったとされ、
その半数が宿屋であったようで、… 続きを読む
白河藩は頻繁に藩主家が入れ替わり、
7家の大名が藩主となりました。
その最初の藩主家である丹羽家は、
菩提寺として大隣寺を創建し、
初代藩主丹羽長重を埋葬しています。
後に丹羽家は二本松藩に転封となり、
大隣寺も同じく二本松に移転。
代わって入封した榊原家も、
その跡地に… 続きを読む