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つづき。
「振宏院殿仙桟賢道大居士」。
23代(9代藩主)大田原庸清の墓。
22代(8代藩主)大田原友清の次男で、
父の隠居に伴い家督を相続しました。
26年の治世の後に死去。
「圓徳院殿大光清鑑大居士」。
24代(10代当主)大田原光清の墓。… 続きを読む
「[関東地方(東京除く)]」カテゴリーアーカイブ
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栃木県大田原市 光真寺/大田原家墓所①
栃木県大田原市 大雄寺/大関家墓所②
栃木県大田原市 大雄寺/大関家墓所①
栃木県大田原市 大田原宿跡
大田原宿は奥州街道の22目の宿場町。
大田原城の城下にありました。
大田原市新富町周辺。緑の線が街道筋で、
青でぼかした辺りが宿場のあった場所。
北側より散策。
「旧奥州街道 大田原宿 大久保木戸跡」。
蛇尾橋を渡って右折すると大田原宿入口。
大田原神社のある龍頭公園入口にあります。… 続きを読む
栃木県大田原市 黒羽城跡
黒羽城は天正4年(1576)に、
那須家重臣大関高増によって築城され、
その居城となっていた城。
天正18年(1590)の小田原征伐では、
主君那須資晴は参陣ぜず改易されますが、
高増はいち早く参陣した為、
所領1万3000石を安堵されました。
関ヶ原の戦いでも東軍に与しており、
加増されて… 続きを読む
栃木県那須塩原市 鍋掛宿跡
鍋掛宿は奥州街道の23番目の宿場町。
那珂川の増水で旅人が足止めとなる為、
宿場の住民が総出で鍋を出していたことが、
鍋掛の地名の由来のようです。
那須塩原市越堀/鍋掛周辺。
緑の線が街道筋で、
ピンクでぼかした辺りが鍋掛宿で、
那賀川を渡れば越堀宿でした。
「鍋掛宿跡」。
街道沿いには古い建物は残っていませんが、… 続きを読む