万部島の南側には万部島招魂場があり、
佐賀の乱戦死者212名が祀られています。
この招魂場は官軍のものではなく、
敗れ去った憂国党及び征韓党のもの。
「万部島招魂場」。
大正9年に設置された招魂場。
彼らへの祭祀は許されませんでしたが、
政府… 続きを読む
佐賀県佐賀市 万部島招魂場
コメントを残す

万部島の南側には万部島招魂場があり、
佐賀の乱戦死者212名が祀られています。
この招魂場は官軍のものではなく、
敗れ去った憂国党及び征韓党のもの。
「万部島招魂場」。
大正9年に設置された招魂場。
彼らへの祭祀は許されませんでしたが、
政府… 続きを読む
万部塔は佐賀藩の藩主や嫡男が、
自ら願主とし国家安泰と万民安楽を祈願し、
法華経一万部を読誦した事を記念した塔。
佐賀城東堀と多布施川の間の島に建てられ、
この為に島は… 続きを読む
瑞龍庵は佐賀市田代にある臨済宗の寺院。
元亀元年(1570)に琳翁琢和尚が開山しました。
ここに葉隠の筆記者田代陣基の墓があります。
「本堂」。
瑞龍庵は無住の寺院のようで、
紺屋町の天徳寺… 続きを読む
乾亨院の隣にある「中の館児童公園」は、
水ヶ江城の東の館跡とされます。
東の館跡ですが公園名が中の館なのは、
一帯の地名が「中の館町」である為。
※水ヶ江城は東から西に曲輪が連なり、
東から本丸にあたる本館、東の館、… 続きを読む
官軍墓地のある乾亨院には、
その相手方の朝倉尚武の墓もあります。
官軍の墓と背中合わせとなっていますが、
その配置は偶然とは思えません。
「朝倉尚武之墓」。
征韓党の参謀長朝倉尚武の墓。
朝倉尚武は藩校弘道館で学び、
兵学… 続きを読む
佐賀城西御門橋に島義勇の銅像があります。
島義勇は佐賀七賢人のひとりで、
北海道開拓の父とも称される人物。
佐賀士族を見下す岩村高俊に激怒し、
江藤新平と共に佐賀の乱を起こして、
これに敗れて処刑されています。
「島義勇之像」。… 続きを読む
長楽寺は佐賀市大財にある臨済宗寺院。
由緒は調べてもよく判りませんでしたが、
元々は長楽庵と称していたようで、
「佐賀県近世史料 第1編 第4巻」によると、
龍蔵寺家和(麟應道瑞)の菩提を弔う為に、
創建された寺院だったようです。
その山号が「麟應山… 続きを読む