七日市宿は西国街道の宿場町で、
本陣1、脇本陣3、家数100件余、旅籠80軒と、
結構大きな宿場であったようです。
西江原村に役所を置いた一橋徳川家が、
これを支配していたとのこと。
井原鉄道井原駅周辺。緑の線が西国街道で、
青くぼかした辺りが七日市宿跡。
東側より散策。… 続きを読む
岡山県井原市 七日市宿跡
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七日市宿は西国街道の宿場町で、
本陣1、脇本陣3、家数100件余、旅籠80軒と、
結構大きな宿場であったようです。
西江原村に役所を置いた一橋徳川家が、
これを支配していたとのこと。
井原鉄道井原駅周辺。緑の線が西国街道で、
青くぼかした辺りが七日市宿跡。
東側より散策。… 続きを読む
本郷宿は西国街道の宿場町。
沼田川に沿う小さな盆地に開けた町で、
往時は200軒余りの町家が建ち並び、
旅籠や木賃宿が70軒あったとされます。
沼田川には9月から3月まで板橋が架けられ、
旅人を横断させていたようですが、
それ以外は徒渡りで川を横断したようで、
増水時は足止めされることもありました。
三原市本郷周辺。緑の線が街道筋で、… 続きを読む
長州藩は藩庁の機能を山口に移転し、
諸外国や幕府からの防衛の為、
中領八幡宮前に関門と砲台を設置。
山口と小郡間の自由な往来… 続きを読む
兵庫津は古くは大輪田泊と呼ばれ、
天然の良港として栄えた場所でした。
やがて平清盛による大修築が行われ、
福原京の造営も行われますが、
清盛の死後に平家は滅亡。
それでもその立地から発展を繰り返し、
室町時代には日明貿易の拠点、… 続きを読む
慶応4年1月11日。
岡山藩は新政府の命による西宮警備の為、
家老日置帯刀に命じて藩兵を向かわせます。
当時の西国街道は外国人居留地に接した為、
幕府は外国人とのイザコザを避ける目的で、
西国往還付替道を設置していましたが、
日置隊は… 続きを読む