鬼玄蕃と恐れられた酒井玄蕃了恒の墓。
「故荘内藩大夫酒井君之墓」。
庄内藩第二大隊大隊長酒井玄蕃了恒の墓。
了恒は酒井吉之丞家当主酒井了明の長男で、
長沼流兵学指南の秋保政右衛門に学び、
剣術にも長けていたとされていますが、
漢詩を詠んで書を嗜んだ他、… 続きを読む
東京都台東区 谷中霊園/酒井玄蕃墓所
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鬼玄蕃と恐れられた酒井玄蕃了恒の墓。
「故荘内藩大夫酒井君之墓」。
庄内藩第二大隊大隊長酒井玄蕃了恒の墓。
了恒は酒井吉之丞家当主酒井了明の長男で、
長沼流兵学指南の秋保政右衛門に学び、
剣術にも長けていたとされていますが、
漢詩を詠んで書を嗜んだ他、… 続きを読む
景福寺は姫路市にある曹洞宗の寺院。
総持寺五世通幻寂霊禅師が開山し、
川辺郡猪名川に景福寺を創建していますが、
慶長7年(1602)に池田輝政が姫路に移され、
叔父で重臣の荒尾隆重もこれに従った際、
隆重は景福寺11世… 続きを読む
瑞輪寺は台東区谷中にある日蓮宗本山。
総本山久遠寺17世慈雲院日新が、
天正19年(1591)に開山した寺院で、
足立の善立寺、杉並の宗延寺と並び、
日蓮宗江戸三大触頭の一つとなっています。
「本堂… 続きを読む
出羽松山藩8代藩主酒井忠匡の墓所。
「正三位子爵酒井忠匡之墓」。
出羽松山藩8代酒井忠匡の墓。
7代藩主酒井忠良の三男で、
藩は宗家の庄内藩と共に戦い、
新政府軍に降伏しており、
父はこの責で強制隠居となります。
この為に僅か12歳で家督を相続。… 続きを読む
長英寺の由緒は明確ではありませんが、
初めは御所寺と称していたという。
小浜藩初代酒井忠勝が死去した後、
家老三浦帯刀好正により、
忠勝の法名から長栄寺と改められて、
その供養塔が建てられました。
「参道」。
苔が非常に美しい参道。
石段が隠れるほど苔生しています。… 続きを読む
谷中霊園乙8号の第一立体埋蔵施設横に、
姫路藩酒井家の墓所があります。
姫路藩酒井家は酒井雅楽頭家の宗家筋で、
始祖酒井広親の次男酒井家忠の嫡流。
5代酒井正親は徳川家康… 続きを読む
曹渓寺は港区南麻布にある臨済宗の寺院。
元和9年(1623)に赤坂で創建されて、
承応2年(1654)に現在地に移転したようで、
開山の絶江紹堤和尚に因み、
近くの坂に絶江坂の名が付けられています。
「曹渓寺」。
赤穂浪士… 続きを読む