長崎県」カテゴリーアーカイブ

長崎県島原市 松陰来訪の地と武家屋敷街水路

吉田松陰は九州への遊学中、
島原城下に立ち寄っています。


吉田松陰来訪の地」。
島原藩士宮川度右衛門邸跡。
宮川は種子島流荻野派砲術師範であった人物。
このあたりは鉄砲町と呼ばれていたようですが、… 続きを読む

長崎県島原市 島原城②

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原城に立て篭もった天草四郎率いるキリシタン一揆勢が、
幕府軍の総攻撃によって皆殺しにされ島原の乱は終結。
乱の責任を問われて島原藩松倉家は改易となり、
藩主松倉勝家斬首されることとなります。
江戸時代を通じて大名の斬首はこの一件のみで、
幕府も勝家の罪は重大であると認識したのでしょう。

代わって入封したのは譜代大名の高力忠房。… 続きを読む

長崎県島原市 島原城①

①/

島原藩の藩庁である島原城は、
なんとも不思議な城です。
4~6万5000石規模の藩でありながら、
五層五階の巨大な天守を持っていましたし、
その割に連郭式の2つの郭が並んでいるだけで、
本丸は堀で遮られているものの側面はがら空き。
しかも廊下橋によって二ノ丸と繋がっているのみで、
橋を落とされると逃げ場が無くなり、兵糧攻めは容易い。… 続きを読む

長崎県長崎市 グラバー家墓地

小学校の修学旅行グラバー園に行った記憶がありますが、
当時はそれが何なのか関心も興味も無く、
花が植えられた庭園を持つ洋館だという印象だけがあり、
それが武器商人の旧邸であるとは思いませんでした。

ジャーディン・マセソン商会の社員であったグラバーは、
長崎に移り住んでマセソン商会の代理店を設立。
これが「グラバー商会続きを読む

長崎県長崎市 お告げのマリア修道会墓地

長崎市内の墓地は、なんというか辛気臭く無い。
普通(?)は墓地ってのは、
オバケが出そうに感じられるものですが、
まったくそういう感じはありません。
※個人的意見です。

そう感じられる原因は数点あるのですが、
まずは墓地が綺麗に整備されているという事。
平地の少ない長崎では、住宅と墓地が密接している為か、
荒れた墓地というのが見られない。
ほんとに綺麗に整備されています。
また全ての墓石が比較的大きい事と、長崎特有の金文字続きを読む