[東海地方]」カテゴリーアーカイブ

愛知県犬山市 臨渓院(犬山城主成瀬家墓所)

臨渓院臨済宗妙心寺派の古刹瑞泉寺の塔頭で、
文明14年(1482)に創建されたという。
瑞泉寺には24ヶ院もの塔頭があったとされ、
臨渓院もそのひとつでしたが、
織田信長犬山城攻めの際に焼失し、
後に成瀬家2代成瀬正虎によって再建。
以後、成瀬家の国許… 続きを読む

愛知県犬山市 犬山城②

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つづき。

大手道を登り黒門跡へ。

黒門跡」。
枡形になっている大手口の門跡で、
この黒門は現在市内の徳林寺に移築現存されています。


針綱神社拝殿」。
黒門を過ぎるた正面が桐之丸跡で、… 続きを読む

愛知県犬山市 犬山城①

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犬山城は全国12棟しかない現存天守のひとつで、
さらに5つしかない国宝天守のひとつ。
しかも近年、最古の天守とされた丸岡城天守が、
寛永5年(1628)の建造と判明した為、
犬山城の天守が最古の天守となっています。
※天文6年(1537年)又は慶長6年(1601年)。


木曽川と犬山城」。… 続きを読む

岐阜県岐阜市 磐城平藩飛地切通陣屋跡

磐城平藩安藤家飛地として美濃に1万8000石を領し、
これを管理する為に切通出張陣屋を設けています。
切通は古来より交通の要路でしたが、
中山道が開通されてからは立場(休憩所)となり、
茶屋菓子屋、… 続きを読む

岐阜県郡上市 慈恩護国寺

凌霜隊会津戦争後、猪苗代での謹慎を経て、
郡上藩預かりとなって郡上へ戻ってきました。

郡上藩としては脱藩した元藩士ですが、
これの処置にしくじるわけにはいきません。
とはいえ藩内には多くの親族もいることですし、
死罪は躊躇されましたので、投獄することに決定。

赤谷揚屋と呼ばれる牢房に入れられた元凌霜隊士らは、
環境か悪く病人が多発したという。
これに慈恩護国寺の住職らが藩に非道を訴え、… 続きを読む