安樂壽院陵は74代鳥羽天皇の御陵。
鳥羽天皇は保安4年(1123)に譲位し、
白河法皇の崩御後に院政を敷き、
治天の君として政務を行っていますが、
上皇は保延5年(1139)に安楽壽院境内に、
三重塔(本御塔)の寿陵を建立させ、… 続きを読む
京都府京都市 安樂壽院陵
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安樂壽院陵は74代鳥羽天皇の御陵。
鳥羽天皇は保安4年(1123)に譲位し、
白河法皇の崩御後に院政を敷き、
治天の君として政務を行っていますが、
上皇は保延5年(1139)に安楽壽院境内に、
三重塔(本御塔)の寿陵を建立させ、… 続きを読む
清浄華院墓地にある萬里小路家墓所。
萬里小路家は吉田資経の四男資通を祖とし、
鎌倉時代中期に創立した名家でした。
「萬里小路家墓所」。
法然上人御廟の北側に位置しており、
玉垣に囲まれて門が付けられています。… 続きを読む
清浄華院墓地にある蜂須賀宗英の墓所。
宗英の娘友姫は公家の東園基楨に嫁ぎ、
死後は清浄華院に葬られました。
また宗英は藩主一門ではありましたが、
若くに隠居して京都に移住。… 続きを読む
清浄華院墓地にある山井氏興の墓。
山井家の墓所は左京区大超寺のようですが、
6代山井氏興の墓を発見しました。
「正三位故前大蔵卿藤原朝臣氏興卿之墓」。
山井家6代当主山井氏興の墓。
氏興は5代山井仍孝の子に生まれ、
正三位大蔵卿にまで昇進した人物で、… 続きを読む
清浄華院墓地にある坊城家墓所。
坊城定資の長男坊城俊実を祖とし、
南北朝時代成立の名家に属する公家でした。
父の家名を相続してはいますが、
弟の勧修寺経顕が嫡流として扱われており、
勧修寺家支流坊城家となっています。
清浄華院墓地で発見した当主は、
12、14、15、19代。… 続きを読む
清浄華院墓地にある阿野家墓所。
阿野家は藤原實国の養子藤原公佐を祖とし、
※藤原成親の子。
鎌倉時代初期に成立した公家。
公佐は源頼朝の弟阿野全成の娘を妻にし、
2代實直が阿野を称したとされます。… 続きを読む
清浄華院墓地にある芝山家墓所。
阿部致康の子宣豊が勧修寺家の養子となり、
跡を継いだ後に家名を芝山と改めた公家で、
江戸時代前期に成立した名家でした。
「芝山家歴代之墓」。
墓碑は5代当主芝山持豊… 続きを読む