松陰の北浦巡視③

続き。
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廻浦紀略の道筋3

嘉永2年7月10日
①北風が強く、船が出航できない。
森重政之進飯田猪之助と一緒に陸路を行き、
滝部、上太田、神畑を経て狗留孫山に向かう。
滝部は大変繁盛していた。

②狗留孫山修禅寺長府藩毛利家祈願所(記事はこちら)。
参拝を済ませて下山。小野、大河内、江能を経て湯玉浦へ。

③湯玉浦に到着。宿をとる。

嘉永2年7月11日
③湯玉浦を出発。
鯖釣山の麓を廻り宇賀八幡社の前を過ぎる。
この地の防備を強化するべき。

④宇賀本郷の浜を抜けて内陸に入り、
掛路の集落を通って二見浦に到着。
矢玉浦に向かう。

⑤矢玉浦に到着。西慶寺を訪問して昼食。
※一日中雨が降っていたようで、
 訪問先で地名や戸数を細かく記録していましたが、
 雨が激しくなり、記録をとることが困難となっています。

涌浦、特牛を経て肥中へ。

⑥肥中へ到着し宿泊。
阿川から別行動をとっていた一行と合流。

嘉永2年7月12日
⑥わずかな雨で、一応晴れたが風波はまだ激しい。
そのため連泊することとなる。
午後から供を一人を連れて附野へ。

⑦附野の庄屋次郎兵衛の家を過ぎ、
俵石を見学(記事はこちら)。

島戸浦に到着。
大河浜の台場は立派であった。
そこから阿川に向う。

⑨阿川に到着。日和山に登る(記事はこちら)。
そこから本浦の東西と今浦の台場を眺める。
未だ「和布刈通」は阿川に停泊していたので、
船に立ち寄って荷物を取って来る。苅束山を越え肥中へ。

⑩肥中に到着。晩方に浦役人大田要蔵を訪ねる。
思いのほか話が長引いて夜更けに帰る(記事はこちら)。

続く。

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