長崎県」カテゴリーアーカイブ

長崎県佐世保市 佐世保宿跡

佐世保宿平戸往還の宿場町。
明治時代以降は海軍と共に発展し、
軍港の町として知られる佐世保ですが、
江戸期にも平戸藩郡代役所が置かれ、
人口は約3000人もいたらしく、
ある程度栄えた場所だったようです。


佐世保川東側周辺。緑の線が街道筋で、
青くぼかした辺りが佐世保宿跡。… 続きを読む

長崎県北松浦郡 佐々宿跡

佐々宿平戸往還の宿場町。


佐々町鴨川免周辺。緑の線が街道筋で、
青でぼかした辺りが佐々宿跡?
実は佐々宿の場所は不確定。
情報が少なく合ってるか微妙です。


佐々本陣跡」。
国道沿いの集合住宅のある場所が、
佐々本陣があったところらしい。


本陣庭園跡」。
集合住宅の裏手に庭園跡があり、… 続きを読む

長崎県佐世保市 眼鏡岩

平戸八景のひとつ眼鏡岩
平戸往還に比較的近い場所だったので、
ついでに訪問してみました。


眼鏡岩」。
二つの大きな穴の開いた奇石。
眼鏡のような形状から眼鏡岩と呼ばれます。
ここが海だった頃に波の浸食で穴が開き、
後に隆起して風化したことから、
このような姿となったらしい。
その昔、… 続きを読む

長崎県佐世保市 中里宿跡

中里宿平戸往還の宿場町。
藩政時代には郡代役所が置かれ、
明治期には中里炭鉱で栄えましたが、
昭和中期に閉山したようで、
現在はのどかな住宅地となっています。


佐世保市中里町周辺。緑の線が街道筋で、
青でぼかした辺りが中里宿跡。


中里宿跡」。
多少古い家屋も残る街道筋。
正面の山は愛宕山続きを読む

長崎県佐世保市 潮ノ目

早岐瀬戸大村湾佐世保湾を繋ぐ瀬戸で、
南北に約11kmの水路が伸びています。


早岐瀬戸」。
水路の幅は平均125mと狭く、
水深も4m程度で大型船舶は航行不可能。
江戸時代に平戸藩の干拓事業で、
水路幅が均等化されたという。
南端にはハウステンボスがあり、
そのコンセプトにマッチして、… 続きを読む

長崎県佐世保市 早岐宿跡

早岐宿平戸往還の宿場町で、
有田街道との分岐点でもありました。
承応2年(1653)に干拓工事で開かれ、
鉤形(枡形)を配した町割りが作られて、
駅宿を形成したようです。
また早岐瀬戸佐世保湾大村湾を繋ぎ、
その海運の要所としても栄えたようで、
多くの物産品が売買されたという。


佐世保市早岐周辺。緑の線が街道筋で、… 続きを読む

長崎県佐世保市 舳ノ峰番所跡

かつて平戸松浦家大村家が、
勢力を争って戦を繰り広げていましたが、
お互いが平和的に境界を決定すべく、
天正14年(1586)に和議を行う事となり、
双方の代表者が舳ノ峰峠で落ち合い、
境界を決める会談を行いました。
そこで大村側は早岐までの領有を主張し、
松浦側は川棚までの領有を主張した為、… 続きを読む