出羽新庄藩戸沢家は鎌倉時代以来の名門で、
戦国時代の当主である戸沢盛安は、
角舘(秋田県仙北)を中心に勢力を拡大し、
戦では常に先頭に立ち単騎で敵に突っ込み、
鬼九郎、夜叉九郎と恐れられたという。
盛安は豊臣秀吉の小田原征伐に参陣し、… 続きを読む
「山形県」カテゴリーアーカイブ
山形県米沢市 憂国志士雲井龍雄遺蹟
コメントを残す
奥羽越列藩同盟の奮起を即す為、
雲井龍雄は[討薩檄]を起草しました。
多くの檄文の中でも素晴らしい名文とされ、
その檄は同盟軍将兵を鼓舞したという。
その雲井の旧宅跡に碑が建てられています。
「憂国志士雲井龍雄遺蹟」碑。
雲井は米沢藩士中島惣右衛の次男に生まれ、
叔父小島才助の婿養子となり… 続きを読む
山形県米沢市 吉田松陰逗留地跡
吉田松陰と宮部鼎蔵は、
東北遊学の際に米沢を訪れており、
その滞在を記念した碑が、
旧粡町に建てられています。
※旧粡町は現在の米沢市中央7丁目付近。
「吉田松陰旅宿の地」碑。
3月25日。七ヶ宿の… 続きを読む
山形県米沢市 米沢城跡②
山形県米沢市 米沢城跡①
山形県山形市 出羽国分寺薬師堂
国分寺は聖武天皇が国家鎮護の為に、
国司や郡司に詔を発して建立させた寺院。
時代が過ぎて律令体制が弛緩してくると、
官の援助を受けられずに、
多くの国分寺は荒廃しましたが、
独自に宗派や性質を変えた例も多くあり、
現在もまだ存続し続ける国分寺もあります。
出羽国分寺は別所にあったようですが、
具体的な場所は不明で、… 続きを読む
山形県山形市 水野三郎右衛門関連史跡
山形藩筆頭家老水野三郎右衛門元宣は、
藩主不在の山形藩をまとめ、
山形藩を奥羽越列藩同盟に加盟させました。
秋田戦争で新政府軍と戦い、
敗戦後は自ら首謀者としてその責を背負い、
新政府軍によって処刑されました。
列藩同盟への参加、新政府軍への降伏、
そして自ら責任を負って処刑された事など、
三郎右衛門による適切な判断の結果、
山形城下は結果的に戦火を免れています。
これは三郎右衛門の功績であると、
郷土の恩人… 続きを読む