きみまち阪は米代川に迫る険しい山で、
県立の自然公園となっている場所。
江戸時代以前はこの山があった為、
荷上場宿と小繋宿間に道が出来ず、
米代川を舟渡しで渡っていました。
とはい増水等で舟が出ない場合もあり、
その際は険しい山をよじ登って、
反対側に辿り着いていたようです。
この山の名称は荷上場側が郭公坂、… 続きを読む
秋田県能代市 きみまち阪
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きみまち阪は米代川に迫る険しい山で、
県立の自然公園となっている場所。
江戸時代以前はこの山があった為、
荷上場宿と小繋宿間に道が出来ず、
米代川を舟渡しで渡っていました。
とはい増水等で舟が出ない場合もあり、
その際は険しい山をよじ登って、
反対側に辿り着いていたようです。
この山の名称は荷上場側が郭公坂、… 続きを読む
西国街道の周防国/長門国の国境は、
割木松にある峠にありました。
江戸時代は令制国としての国境よりも、
藩境の方が重要ではありましたが、
地理区分として継続して用いられており、
重要な要素であったようです。
「周防長門… 続きを読む
長崎街道の黒崎宿と木屋瀬宿の間には、
小倉側からの最初の難所石坂の急坂があり、
諸大名も駕籠を降りて登ったという。
現在は開発で地形が変わっていますが、
小嶺IC付近から山を登り、
その頂上からアケ坂という急坂を下り、
中の谷… 続きを読む
栃ノ木峠は北陸街道の難所。
越前国と近江国の国境に位置し、
トチノキが群生していたという。
北陸街道は木之本宿から二手に分かれ、
一方は敦賀を経由して木ノ芽峠を越え、
二ッ屋宿を経て… 続きを読む
木ノ芽峠は越前国と若狭國を隔てる峠で、
険しい道と冬の豪雪から、
北陸道の難所として知られていました。
「木ノ芽峠」。
二ツ屋宿跡より車で南下すると、
いつの間にスキー場のような場所に至り、
それでも進んで行くとたどり着きますが、
あまりお勧めはできません。
今庄365スキー場入口からの方が、
比較的楽に行けると思います。
「… 続きを読む
矢立峠は久保田藩と弘前藩の国境の峠で、
羽州街道の難所でもありましたが、
弘前藩主も参勤交代の際に通過します。
現在の矢立峠は遊歩道となっています。
道の駅やたて峠に車を停めて遊歩道へ。
前日の雨で湿度が高く蒸し暑かったです。
「伊能忠敬 測量隊 … 続きを読む
苦の坂は西国街道の難所のひとつ。
小方町小方周辺。緑の線が街道筋。
木野側に四町九間(4513m)の急坂があり、
防州側に対する防備に適していました
慶応2年6月13日。
長州征討軍先鋒の彦根藩兵と与板藩兵は、
岩国領との国境である大竹村に布陣。… 続きを読む