飯沼貞吉」タグアーカイブ

下関市南部町 下関電信局(電報)発祥の地

南部町のNTT西日本の脇道に建つ碑。


電報中継機械化完成」碑。
昭和41年(1966)に下関電報局で、
電報中継業務機械化が完成し、
国内全ての電報業務機械化を達成。
これを記念して建てられた碑。
説明版では下関電信局(電報)発祥の地とされ、
建てられていた上田中町続きを読む

「あずさ弓の如く」苑場凌

今回紹介する漫画「あずさ弓の如く」は
白虎隊の会下関支部の吉井さんに頂いた漫画。
楢崎家屋敷での飯沼貞吉を描いたもので、
上下巻に分かれています。


あずさ弓の如く上、下巻」。
上巻は会津戦争から貞吉の東京行きまで、… 続きを読む

山口県美祢市 楢崎頼三屋敷跡(再訪)

楢崎頼三屋敷跡に再度訪問。
前回の訪問時には雨が降っており、
撮影した写真がボケていたので、
近くを通ったので寄り道した次第です。
※前回の記事
 山口県美祢市 楢崎頼三屋敷跡


楢崎頼三屋敷跡」。
楢崎家大組士93石で、
厚保村江ノ河原小杉に給領地がありました。
この屋敷跡は幕末期の楢崎家の仮住宅で、
元々は… 続きを読む

美祢で白虎隊と遭遇

楢崎家屋敷跡には訪問済みでしたが、
訪問時は雨で写真がボケていたので、
天気も良い日に写真を取り直そうと、
再度訪問しました。

屋敷跡に着いて写真を撮っていると、
しばらくして軽トラが登って来て、
乗っていた男性が窓を開けて、
ようこそおいでくださいました
と話しかけてこられました。
男性は吉井さんという方で、
この屋敷跡を管理されているとの事。
屋敷を所有していた吉見家の血縁で、
幼き頃より… 続きを読む

山口県美祢市 楢崎頼三屋敷跡

飯盛山で自刃した白虎隊の生き残り飯沼貞吉
燃える城下を落城と勘違いして、
少年達は次々と自刃し、
貞吉も咽喉に脇差を突き立てたが死ねず、
それを会津藩士の妻が見つけて介抱し、
貞吉は一命を取り留めます。
後に貞吉は電信技士となって各地に赴任し、
電信電話の発展に貢献しました。

この飯沼貞吉が会津戦争終結後、
敵であった… 続きを読む

高杉晋作ウォーク(唐戸周辺)③

高杉晋作ウォーク(唐戸周辺コース)のつづき


教法寺」。
文久3年に奇兵隊は前田砲台
撰鋒隊は壇ノ浦砲台を担当しています。
長州藩世子毛利元徳が下関に来た際、
奇兵隊、撰鋒隊の両砲台を視察。
最初に奇兵隊の前田砲台を視察しますが、
視察の時間がなくなってしまい、
撰鋒隊の視察はなくなってしまいました。
撰鋒隊士らは宮城彦輔続きを読む