幕府」タグアーカイブ

長崎県長崎市 魚見岳台場跡

文化5年(1808)にオランダ国旗を掲げ、
蘭船に偽装した軍艦が長崎港へ侵入し、
出迎えた蘭人2人を拿捕。
この船は英国軍艦フェートン号で、
蘭人拿捕後にイギリス国旗を掲げ、
水や食糧の補給を要求しました。
長崎奉行松平康英はこの要求を拒み、
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東京都中央区 伝馬町獄舎跡

伝馬町獄舎は罪を犯した囚人達を、
集めて収容した施設で、
2618坪の敷地の周囲にが巡らされ、
その内を煉塀で囲んでいたという。
牢獄は東牢西牢に分かれており、
東牢の大牢二間牢続きを読む

東京都文京区 湯島聖堂

湯島聖堂は文京区湯島にある孔子廟
元禄3年(1690)に5代将軍徳川綱吉が、
忍岡聖堂に代わる施設として建立したもの。
当時の儒学振興が幕府の政策であった為、
当時あった忍岡聖堂の創建過程が、
その中心施設に相応しくないという理由から、
新しく建立されたものでした。
※忍岡聖堂は林羅山尾張藩の資金を得て、
 私的に建築したもの。



「… 続きを読む

東京都台東区 谷中霊園/古屋佐久左衛門墓所

古屋佐久左衛門筑後国の庄屋の子で、
当初の名前は高松勝次
家業を嫌い医師を目指していましたが、
後に江戸洋学も学んでおり、
その際に外国奉行川勝広道の知遇を得て、
御家人古屋久左衛門続きを読む

大分県大分市 高松代官所跡

明暦2年(1656)。
大給松平家の支藩する豊後高松藩は、
隣の府中藩に転封となり、
旧領高松は幕府直轄地に代わりました。
豊後高松藩の陣屋は代官所へと変わり、
九州天領を支配する代官が赴任して来て、
同じく天領の日田代官所と交代で在勤。
後に代官は… 続きを読む

下関市阿弥陀寺町 朝鮮通信使上陸淹留之地

朝鮮通信使室町江戸時代にかけて、
朝鮮から日本へ派遣された外交使節団。
豊臣秀吉による朝鮮出兵により、
朝鮮との国交は断絶していましたが、
幕府は朝鮮との国交回復を図り、
紆余曲折を経て通信使が再開されます。
慶長12年(1607)に第1回が始まると、
以後12回の通信使が派遣され、
※最後の12回は対馬止まり。
将軍襲封等の祝賀を行いました。

文化8年(1811)の最後の通信使は、… 続きを読む